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大腿骨頭辷り症(大腿骨頭骨端線離開)

大腿骨骨頭の骨端(成長終了前における大腿骨の一番上の端の部分)が後方に辷る(転位する)疾患です。アフリカ系アメリカ人やスペイン系のヒスパニックの人々に多く、アジア人に少ないと言われており、我が国での報告数はそれほど多くありません。我が国における発生率は約0.003%で最近は肥満の子供が増えていることもあって増加傾向にあります。小学校高学年から中学生(10歳から14歳)にかけての男子に多く、肥満傾向があって身体の大きな子供に発症しやすいのですが、スポーツマンタイプの子供にもおこることがあります。

最近の報告で辷り症の発症年齢は男子で平均12.7歳、女子では平均11.2歳ですが、比較的狭い骨年齢層(骨の成熟度による年齢)に患者さんが分布していることが確認されています。すなわち男子で9歳で発症しても骨年齢はそれよりも高く12歳であったり、14歳で発症した場合では実際の骨年齢はそれより低く13歳であったりするわけです。また、両方が辷り症になる確率は約25%とされていますが(Boston children hospitalのデータ)、反対側が辷り症となるのは87%が1年6ヵ月以内、93%が2年以内とされており、これもある決まった骨年齢にこの疾患が見られることを裏付けていると思われます。

本センターでは、2012年5月までに51人の患者さんを治療してきました。辷る(転位する)程度は様々であり、自覚症状のない場合から、痛みのため歩行不能となる重症のものまであります。変形性股関節症の原因疾患の1つとして最近注目されてきています。わが国での発生は少ないとされていますが、欧米などでは自覚されずに成人になってから疼痛が発生し発見されるケースが多いことが報告されており、同様な状況が今後増えるのかもしれません。

憂慮すべきことは、いまだにこの疾患が一般病院で軽く扱われている事です。

骨端の辷りに対し、しばしばおこなわれる治療法はpinning in situという方法ですが、これは成人の大腿骨頚部骨折にたいする治療と同じように考えてはなりません。確かに成人の大腿骨頚部骨折も大腿骨頭辷り症もピンで固定するのですが、病態が違うだけで無く、治療の考え方もまったく異なるものです。つまり正確な病型と病態の把握が必須で、それに基づくもっとも安全で適切な治療の選択が重要であるわけです。

一般病院ではおそらく数年から10年間に1人、2人ぐらいの受診頻度と思われますので経験に裏付けられ、最新の知見に基づく治療方法と選択は甚だ困難であるように思います。この疾患こそ専門施設での詳細な分析ときめ細かな治療が必要です。

深刻な合併症として、安易な整復(辷りを治す)のため骨頭に極めて重篤な壊死を招くことがあります。一般病院で加療後壊死を生じたため、当センターではこの2年間に4例のリカバリーのための手術を経験しました。この手術は辷り症の初期治療に比較して極めて複雑であり、入院や後療法も長期が必要です。壊死を生じてしまうことは発症時に決まることもあり得ますが、救済できていただろうとケースもあるため、治療者としては初期治療に全力を挙げるべきであることに異論はありません。

骨頭をそのままスクリューで固定する手術にもいろいろなテクニックとノウハウが必要です。たとえばピンで固定する部分は骨端という小さい部分であり、ネジ切り部分はこの骨端の中に完全に納まるようにしなければならないのですがこれは成人の頚部骨折のように簡単ではありません。ピンの尖端が関節内に穿孔することが多く、また穿孔が無い事を確かめるのも簡単ではありません。

原因

発症原因は不明です。肥満の男子に多いことからホルモン異常が関係していることは間違いありません。副甲状腺ホルモンの一部(c-PTH)が少ないと発症するという説もあります(九州大学 神宮寺先生)。骨端が辷る部位は大腿骨近位の成長軟骨の肥大層という部分です。MRIで観察すると、この疾患の場合には肥大層の部分が機械的に脆弱となっていることがわかります。転位の方向は純粋に後方です(内方と誤解されている場合があります)。関節鏡検査では股関節内の滑膜炎症所見や、臼蓋軟骨の糜爛が見られます。
従来より発症には季節間での頻度の差があるという報告があります。最近のアメリカからの報告では、アメリカを北と南にわける北緯40度を境として、主に北では夏に、南では冬に多いとされています。スポーツが盛んな時期に多いとの説もあり、スポーツをきっかけとして物理的な外力により辷り症が生じると考える研究者も少なくありません。

症状

通常は股関節痛と跛行を訴えます。突然発症して激痛を伴うものから、痛みをほとんど自覚しない例まで発症様式は様々です。初期は必ずしも股関節痛を訴えるとは限らず、膝や踵を痛がる場合もあり発見が遅れる場合も少なくありません。また無症状のまま経過し、高齢になって変形性股関節症を発症して初めての発見されることもあります。通常片側より発症しますが25%の症例が両側例です。

診断

患者さんは下肢を外へ開き気味に(外旋位)立ったり歩く場合が多く、また股関節を伸展から屈曲位にもってゆくとより強く外旋位となる(Drehmann sign)のが特徴的です。股関節を内方へ捻る(内旋)と痛みを訴えることが多いのですが、もちろん軽症の場合にははっきりしない場合もあります。

股関節開排位でのX線診断を行うと大腿骨骨端が後方に辷っているのが確認できます。MRIでは骨端の辷りだけでなく骨幹端に低信号領域を認めることができます。そのため、辷りの程度が軽くてX線診断が困難な場合でもMRIを用いれば確実に病変を明らかにすることができます。この事実は本センターの研究から明らかとなり国際雑誌にも掲載されました(興味のある方はJournal of Pediatric Orthopaedics Part Bをごらんください)。

超音波断層像も極めて辷りを検出したり、定量化する上で有用です。辷りの安定性を調べる上でも有効であると思われます。

臨床症状(歩けるか、体重をかけることができるか)、画像(レントゲン・MRI・超音波)により、安定型か不安定型かを判別することは治療法の選択、辷り症の整復の是非・タイミング・手技を検討するうえで極めて重要です。

治療

治療法についてはいろいろ議論のあるところです。急性発症で骨端部分が不安定でかつ転位が強い場合は無理の無い範囲で整復をすることもありますし、せざるを得ないケースがあることも事実です。整復をせざるを得ない状況ではなるべく速やかに無理のない愛護的な整復を心がけることが肝要です。徐々にすべってきて急に激しくずれた場合、解剖学的に整復するとずれる直前よりも結果的には過剰に整復することになってしまいます。したがって整復には麻酔下で、1,2回の操作で容易にもどせるところまで、そして解剖学的に戻さず控えめに戻すことが重要なポイントだと思います。整復後関節穿刺などによって関節液(多くは血性)を廃液し、関節圧を減じ、関節内圧が高いための血行障害(タンポナーデ)を予防することも大切です。

不安定型は牽引で徐々に整復した方が良いという考えも根強いですが、小児の大腿骨頚部骨折の治療を考えてみてください。頚部骨折の場合、24時間以内の整復と関節圧減少目的の関節切開をルーチーンとせよとの記載が小児整形の最も権威があり定番の教科書(Lovell and Winter, Pediatric Orthopaedics)にもあります。不安定型の辷り症はまさに骨端線損傷(Salter-Harris1)と同様な状況であり、頚部骨折に対する考え方で対処し、最大の合併症、骨頭壊死を避けるべきだと考えています。

一方慢性タイプでは骨端が徐徐に転位しているのでほとんどの場合歩行や荷重が可能であり、安定型です。この場合整復を行うと血管が損傷されるおそれがありますのですべりの整復は禁忌です。牽引で徐々に戻す、戻せるという報告もありますが、その根拠はまだ希薄です。当センターではすみやかに可能な限りそのままの位置でピンで固定していますが、ピンで固定できない高度のすべりの場合には骨きり術などを考慮します。

従来は複数のピンで固定することが多かったのですが、安定型の場合には1本のピンで十分であるとされています。また、このピンにも様々な種類があります。私達は、先端のネジを切ってある部分をできるだけ小さいものを使用しています。このようにすると骨端が融合することなく成長が可能となるからです。ピンの材質も重要です。経過観察はMRI行うのが望ましいので、通常の金属ではなくチタンピンを使うほうが便利です。

ピン固定の際には細心の注意が必要です。骨端の幅は小さいのでしっかり固定しようとしてピンが関節内に穿孔することがあるからです。関節内への穿孔は単純レントゲン診断ではわからないことがあります。私達はX線透視によって様々な角度から穿孔のないことを確認しながら手術をしています。

手術後にはリハビリが大切です。関節可動域拡大訓練をおこない、骨頭の球形を回復させなければなりません。

慢性タイプで骨端の転位が強い場合には、とりあえずピンで固定し、骨頭が球形に近付いてゆくのを待ちます。経過を観察していく中で、どうしても球形となるのが無理であると判断された場合には、大腿骨の骨切りをおこなって骨端の向きを変える手術をせざるを得ません。

このように治療は簡単ではなく、小児整形外科専門病院で行なう必要があります。ピンで固定するにせよ骨切りをおこなうにせよ、手術には言葉では尽くせないいくつものコツがあり、この疾患を多数扱っている施設でおこなわねばなりません。

お問い合わせ
病院事業庁 小児保健医療センター
電話番号:077-582-6200
FAX番号:077-582-6304
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