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更新日:2026年9月14日

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じんけん通信(最新号)

人権施策推進課では、人権に関する特集記事「じんけん通信」を毎月、ホームページ上で発信しています。

また、ジンケンダーラジオの放送予定についても掲載しています。

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「じんけん通信」は、バックナンバーもご覧いただけます。

じんけん通信

令和8年(2026年)9月(第221号)

 滋賀県では、同和問題についての理解と認識を深め、差別の解消をはかるため、毎年9月を「同和問題啓発強調月間」と定め、集中的に人権啓発に取り組んでいます。

 平成28年(2016年)には「部落差別の解消の推進に関する法律」が施行され、今年で10年を迎えます。

 今回は、部落差別の歴史やまちづくりについて学べる施設「ツラッティ千本(京都市)」を取材しました。偏見や差別のない社会をつくるために、私たち一人ひとりに何ができるのか、一緒に考えてみませんか?

 ※「同和問題」とは…同和地区・被差別部落などと呼ばれる地域の出身であることや、そこに住んでいることを理由に、結婚を反対されたり、就職や日常生活のうえで様々な差別を受けたりするという日本固有の人権問題

特集 千本地域のまちづくりから学ぶ部落差別

ツラッティ千本とは

 ツラッティ千本は、京都市北区にある千本地域の歴史やまちづくりに関する資料を通して、部落差別について学ぶことができる施設です。

 平成6年(1994年)に開設し、令和3年(2021年)に現在の場所(元京都市立楽只小学校の跡地)に移転しました。

第1展示室入口

“ツラッティ”の由来

 「一緒に連れあって」という意味があります。

 「施設に連れあってきてほしい」という思いや、「連れあって生きてきた」、「これからも連れ合って暮らそう」という地元の人々の思いが込められています。

差別の歴史

履物産業で栄えた村

 古代から中世にかけて、村の周辺には、ケガレを清めたり、葬送に携わったりする非人や清目、河原者と呼ばれる人々が暮らしていました。牢番などの刑吏や、死んだ牛馬の処理などの仕事に携わる人々もいました。雪駄

 江戸時代半ばに入ると、雪駄が生産され始めました。

 草履の裏に牛の皮を貼り付けた雪駄は、防水や滑り止めの機能が付き、大変重宝され、厳しい身分差別の中でも、村は経済的に安定していました。

 京都の様子を描いた「洛中洛外図屏風」には、死んだ牛馬を処理している人々が描かれています。

 彼らは、さまざまな差別を受けていましたが、社会において大切な役割を担っていたことがわかります。

死んだ牛馬を処理する人々(洛中洛外図屏風)

古地図について

 ツラッティ千本に展示されている古地図には、「穢多村」という表記を確認することができます。このような表記は、人権上の配慮として、隠されたり伏せられたりしていることがありますが、その村が存在していたことや、そこで人々が懸命に生きていたことは、まぎれもない事実であることから、ツラッティ千本では隠すことなく展示されています。

 古地図を通して、人権について考え、様々な思いを感じ取ってほしいという思いが込められています。

 

地域の発展に尽力した益井家

 江戸時代末期になると、身分制度が政治的に固定化され、差別が強まっていきます。

 明治に入ると、穢多・非人などの呼び名を廃止し、身分・職業を平民と同じにする「解放令」が政府から発令されました。しかし、単に呼び名が廃止されたのみで、差別はなくなりませんでした。さらに、村の仕事や権利が取り上げられ、生活が苦しくなりました。

 その中で、益井家の親子三代(元右衛門・茂平・信)が活躍します。

 元右衛門は、解放令に先立って、明治3年(1870年)に「汚名廃止嘆願書」を京都府に提出しました。これは、自分たちの由緒を述べ、差別されるいわれはないことを主張したものです。

 元右衛門の子である茂平も、同じ年に、汚名を廃されたいとの嘆願書を提出しました。

 また、死んだ牛馬の処理場の建設を京都府に願い出ました。

 さらに、楽只小学校のルーツとなる私塾や、眼科の診療所を開設しました。当時、この地域では「トラホーム」という目の病気が流行していました。眼治療の様子

 茂平の養子である信も、祖父や父の思いを引き継いで眼科医になり、診療所を発展させました。当時のカルテや領収書を見ると、村人だけでなく遠方からも患者が訪れていて、トップレベルの治療が行われていたことがわかります。

 益井家は、差別の撤廃や教育、医療、産業のために尽力しました。

全国水平社との関わり

 明治の終わり頃になると、日本各地で被差別部落の貧困や劣悪な環境を改善しようと、部落改善運動が起こるようになります。

 大正11年(1922年)に、京都の岡崎公会堂で全国水平社創立大会が開かれました。

 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で結ばれる水平社宣言は、日本で初めての「人権宣言」と言われています。ジンケンダー「千本地域は水平社と深い関わりがあるのだー」

 全国水平社の初代委員長に選ばれた南梅吉は、近江八幡市に生まれ、17歳の時に千本地域に移り住んだ人物です。全国水平社の連盟本部事務所は、千本にある梅吉の自宅に置かれました。

 また、「全国少年少女水平社」が誕生し、南梅吉の姪である増田ヒサヱ(当時楽只小学校3年生)が全国各地で演説を行いました。

 子どもや女性がまだ活動しづらかった時代に、幼いながらも、差別と闘った人物でした。

まちの変化

住環境の改善

 戦後、部落解放全国委員会が結成され、部落解放運動が拡大していきます。

 その中で、昭和26年(1951年)に、京都市内の被差別部落の実態を記した小説が、雑誌「オール・ロマンス」に掲載される事件が起こります。これをきっかけに、京都市による同和行政が本格的に進むこととなります。

 当時の千本地域は、不良・危険な住宅が密集していて、水道や便所は共同利用でした。昭和32年(1957年)から住環境改善事業が始まり、市営住宅や保育所、浴場などが整備され、まちは大きく変わっていきました。

当時の住環境や生活の様子(模型)

教育運動

 被差別部落には、親の仕事の手伝いのために、学校に通えない子どもたちが多くいました。また、給食費や教科書代が払えないために学校にいけない子どもたちもいました。

 この問題を解決するために、千本地域の住民や教職員らが行政と交渉し、教科書の無償支給や学用品の支給などにつながりました。

 また、被差別部落には、文字の読み書きができない人が多くいました。全国的に識字学級開設の運動が展開され、千本地域にも識字学級が設けられました。週に2回程度、夜間に開かれ、幅広い世代が文字を学びました。

 これらの取組により、高等学校への進学率や就労の問題が改善しました。ノートのイラスト

北研の誕生

 まちが大きく変化する一方で、差別や偏見は根強く残っていました。

 そこで、地域の団体が中心となって、昭和47年(1972年)に「部落解放研究北区集会」(略称:北研)が誕生しました。部落差別の問題は、当事者だけでなく、すべての市民に関わる問題であることから、北研の活動は北区全体に広がりました。

 現在も、「きたけん学習会」として活動が継続されています。

現在のまちづくり

 仕事や生活が安定したことで、1980年代半ばから、持ち家を求めて千本地域から転出する人が増えました。地域住民の高齢化とともに、市営住宅の老朽化も課題になりました。

 そこで、平成5年(1993年)に「千本ふるさと共生自治運営委員会」(略称:じうん)が発足しました。専門家の意見を学びながら、自らの力でまちをつくる組織です。道路づくりや空き地の活用など、住民参加によるまちづくりが進められました。

 また、市営住宅の建て替えに向けて、住民によるワークショップも行われました。住民が行政と話し合いながら、住み手の思いを反映した計画が作られました。

まちづくりの様子のイラスト

 また、「じうん」が中心となって、定期借地権を利用したコーポラティブ住宅(有志が集まってプランを出し合いながらつくる共同住宅)が平成22年(2010年)に建設されました。

 現在も、空き地や事業用地をどのように活用するかなど、住民や大学、行政と連携した取組が行われています。

 差別をなくし、一人ひとりが豊かな暮らしを送れるよう、これからも「人権のまちづくり」が進められていきます。

取材を終えて…

 千本地域は、長年にわたり差別と闘いながら、地域が団結してまちづくりに取り組み、発展させてきた場所であることがわかりました。

 また、その歴史や取組を積極的に発信している姿勢が印象に残りました。

 「部落差別の解消の推進に関する法律」には、現在もなお、部落差別が存在していることが明記されています。

 「あの地域は怖いところ」や「あそこには住まないほうがいい」といった話を聞いたり、インターネット上の書き込みを見たことはありませんか。

 そのような情報を鵜呑みにしたり、広めたりすることは、差別の助長や拡散につながるおそれがあるものです。部落差別の歴史や地域の取組を正しく知ることが、偏見や差別のない社会づくりに向けた一歩になります。

 みなさんも、ツラッティ千本を訪れてみてはいかがでしょうか。

ツラッティ千本の資料

 

ジンケンダーのちょっと一言

みんなで部落差別のない社会を作るのだー!

ジンケンダー画像

ツラッティ千本のご案内♪

  • 住所:京都市北区紫野西舟岡町2 元京都市立楽只小学校跡地複合施設「ふれあい共生館内」
  • 電話番号:075-441-1011
  • 開館時間:午前10時~午後4時30分
  • 休 館 日:日曜日、火曜日、祝日、年末年始(12月29日~1月4日)
  • 入 館 料:無料

アクセス方法は、こちらをご覧ください。

京都市:ツラッティ千本 交通の御案内

ジンケンダーラジオ 放送中♪

 県では、日々の暮らしの中で人権について考え、行動につながるきっかけとなるよう、エフエム滋賀(e-radio FM77.0)で人権啓発ラジオ番組を放送しています。※「style!」の番組内

 今月の放送 毎週火曜日9時30分頃~(5分間)

  • 9月1日・・・・「同和問題1~同和問題とは~」
  • 9月8日・・・・「同和問題2~身元調査について~」
  • 9月15日・・・・「高齢者の人権」
  • 9月22日・・・・「同和問題3~差別発言・書き込み~」
  • 9月29日・・・・「不登校」

 番組には、エフエム滋賀のパーソナリティー 林智美さんと、滋賀県人権啓発キャラクター「ジンケンダー」が出演しています。ちょっと難しい人権課題を、わかりやすく解説しています。

 放送から1週間以内であれば、「radiko」(アプリ)で聴くこともできます。

 ぜひお聴きください!

人権カレンダー 9月

  • 同和問題啓発強調月間

滋賀県および県内市町では、県民のみなさんが同和問題についての正しい理解と認識を深め、県民一人ひとりが部落差別をはじめとするあらゆる差別の解消に向けて主体的に行動できるよう、毎年9月を「同和問題啓発強調月間」として、さまざまな啓発事業を集中的に実施します。

  • 発達障害福祉月間

日本発達障害福祉連盟が主催する啓発月間であり、月間中は、発達障害への関心と正しい理解を深めることを目的とした啓発活動が行われます。

  • 障害者雇用支援月間

事業主のみならず、広く国民の皆様に対して障害者雇用の機運を醸成するとともに、障害者の職業的自立を支援するため、厚生労働省や独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構をはじめとする関係機関が協力して、様々な啓発活動を行っています。

  • 認知症月間(世界アルツハイマー月間)

令和6年(2024年)1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」において、国民の間に広く認知症についての関心と理解を深めるために、9月を認知症月間と定めています。また、21日を認知症(世界アルツハイマーデー)の日と定めています。

  • 8日 国際識字デー

昭和40年(1965年)9月8日からイランで開催された「世界教育相会議(テヘラン会議)」において、当時のパーレビー国王が各国の軍事費1日分を識字基金に拠出することを提案したのがきっかけで、アメリカのジョンソン大統領が米国議会に9月8日を「国際識字デー」に制定するように呼びかけ、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)が制定しました。

  • 10日 世界自殺予防デー、10日~16日 自殺予防週間

10日はWHO(世界保健機関)が定めた「世界自殺予防デー(World Suicide Prevention Day)」です。我が国では10日から16日までを自殺予防週間としています。悩みを抱えた人たちに広く支援の手を差し伸べていくことで、「誰も自殺に追い込まれることのない社会」を目指しましょう。

  • 15日 老人の日 、15日~21日 老人週間

だれもが健康で安心して生きがいをもった生活を送ることのできる長寿社会を築いていくことが求められています。このため、9月15日を「老人の日」、この日から21日までを「老人週間」とし、この期間を中心に、国民の間に広く高齢者の福祉について関心と理解を深めるとともに、高齢者に対して自らの生活の向上に努める意欲を促すための広報・啓発活動が国や関係団体により行われます。

  • 21日 国際平和デー

国連が「国際平和デー」を最初に宣言したのは昭和56年(1981年)です。従来、「国際平和デー」は毎年9月の国連総会開会日に制定され、開会式では各国代表がこの日を記念して1分間の黙祷を行うことが慣例となっていました。平成14年(2002年)からは、毎年9月21日を「国際平和デー」に定め、以後、世界の停戦と非暴力の日として、すべての国と人々に、この日一日は敵対行為を停止するよう働きかけています。

  • 21日 認知症の日(世界アルツハイマーデー)

平成6年(1994年)「国際アルツハイマー病協会」(ADI)は、世界保健機関(WHO)と共同で毎年9月21日を「世界アルツハイマーデー」と制定しています。アルツハイマー病等に関する認識を高め、世界の患者と家族に援助と希望をもたらす事を目的としています。

  • 23日 手話言語の国際デー(手話の日)

国連は、平成29年(2017年)12月19日の総会において、この日を「手話言語の国際デー(International Day of Sign Languages)」と宣言する決議を採択しました。決議文では、手話言語が音声言語と対等であることを認め、ろう者の人権が完全に保障されるよう、国連加盟国が社会全体で手話言語についての意識を高めるための手段を講じることを促進するとしています。

  • 28日~10月4日 国際ろう者週間

世界ろう連盟の世界会議が開催された月を記念して、9月の最後の1週間(月曜日から日曜日まで)は「国際ろう者週間」とされています。毎年、世界中のろう者の家族、手話言語通訳者、仲間達などを含む、ろうコミュニティによるさまざまな活動が行われています。

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