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第32回 「こんにちは!三日月です」

  • 対話相手東草野まちづくり懇話会と民藝創生プロジェクト関係者の皆さん

東草野まちづくり懇話会と民藝創生プロジェクト関係者の皆さん

今回は、東草野まちづくり懇話会と民藝創生プロジェクト関係者の皆さんと対話を行いました。

米原市では、移住を促進し地域を活性化しようとする様々な取組が行われています。なかでも、平成19年2月に設立された「東草野まちづくり懇話会」は、伊吹山地西麓の豪雪地という地域の特性を生かして、山村地域資源を活用した都市との交流事業などを展開し、地域おこし協力隊の方々とともに地域の活性化への取組を進めています。

平成28年3月からは、「民藝創生プロジェクト」として「民藝創生みらいつくり隊員」を都市部より招き入れ、米原市内の伝統工芸等を継承されている職人のみなさんとも協力しながらモノづくりによる地域活性化への取組も始まっています。

今回は、米原で移住受け入れに取り組む地域住民の皆さんと、移住されてきた皆さんの双方に、「東草野の山村景観」が国の重要文化的景観にも選定された東草野に集まっていただき、これからの地域活性化について三日月知事と語り合いました。

知事から

今回の対話について

  • 今日から、東草野地域より少し南にある大久保に5日間居住する。ここから県庁に通勤し、いろいろな方と交流する中で、この地域のことを勉強したい。
  • 先ほど、工房を見学させていただいた。どの工房でも、移り住んでこられた方々が、それぞれの分野で興味深い創作活動をされ、地域の方とも溶け込みながら生活されていることに感銘を受けた。
  • 「伊吹の天窓」という、皆さんに共感いただけるイベントなども開催しておられる。未来につながるこの東草野、伊吹のまちづくりについて、私も一緒に考えたい。

東草野まちづくり懇話会と民藝創生プロジェクト関係者の皆さんから

東草野地域および東草野まちづくり懇話会の取組について

  • 東草野まちづくり懇話会では、甲津原、曲谷、甲賀、そして吉槻の4集落が懇話会を開催している。本日の会場となっているここ甲津原は、だいたい標高520~530メートルのところにあるが、吉槻の付近では標高250メートルほどなので、高低差がある。下の方は谷あいだが、甲津原まで上がってくると、天の空がだいぶ広く感じられる。そこから「伊吹の天窓」という名前を付けた。
  • 冬は日本海側の季候で、日本海から吹いてくる風が伊吹山にぶつかり、雪がたくさん降る。夏は濃尾平野、伊勢湾の方から、ほど暖かい風が吹いてきて、ちょうど避暑地のようになる。
  • 東草野の景観が重要文化的景観に指定された。入り口の軒先が長くなっている「カイダレ」は東草野の伝統的な家屋によく見られる。また、東草野は水が豊富で、村の中に川が流れている。「カワト」や「イケ」と呼んでいるが、そこで洗い物をしたり、風呂の水に使ったり、あるいは雪解けの消雪に使ったりした。甲津原では、麻の水さらしと言って、冬の時期に、麻織物をこの水でさらした。
  • 昭和60年から現在までに非常に人口が減っている。戸数も極端に減っている。高齢化率も50%以上になっている。それがこの地域の状況である。今は4つの字(あざ)を合わせて300人を切るぐらいの人口である。
  • 習慣的には、「オコナイ」がある。甲津原では、いわゆる元服と言うか、若い人が一人前の大人になるときに祝う風習の「オコナイ」があり、今もまだ続いている。
  • ここは滋賀県や京都の隠れ家のような地域で、源頼朝は都落ちするときにここを通って逃げた。また、本能寺の変の時には秀吉の母とねねがここまで逃げてきた。戦があると隠れ場所のようになっていた。
  • 冬は雪合戦が公式のスポーツ戦として甲津原で毎年開催されていたが、今年からなくなった。また、秋にはそば打ち収穫体験が、冬には雪掘り野菜収穫体験ツアーと題し、雪の下に埋もれた野菜を掘り出して、食べていただくという、田舎暮らし体験ツアーを行っている。雪に埋もれても凍らないように野菜が糖度を上げるので甘味ができて非常においしい。
  • 人口減が進むなか、平成19年に東草野まちづくり懇話会を立ち上げた。米原市に合併してから1,2年後であったが、市役所から、東草野地域で合併に伴う問題を皆さんで考えないかというお話をいただき、いろいろご指導していただきながら立ち上げた。
  • 当初は、豊かな自然環境をつくる、集落が協力・連携するということで取組をすすめてきた。例えば携帯電話のアンテナが立っていないので、スキー客に署名活動をして、約2万件の署名を集め、NTTに頼みに行った。他にも、フリーマーケットなども開催した。
  • 平成21年に米原市が「水源の里まいばら元気みらい条例」を策定し、特に、過疎・高齢化が進行して地域の活力が低下している集落を重点的に活性化していく政策をつくり、平成23年に地域おこし協力隊「水源の里まいばら みらいつくり隊」の活動が始まった。4つの字(あざ)に一人ずつ入り、2年間の任期の間、まちづくりへの貢献、地域のPR、都会との交流機会の創出などで貢献いただいた。任期が終わった後も、地域で頑張っている状況。
  • 住環境をよくするため、獣害対策やエネルギーフリーの地域づくり、重要文化的景観の保全にも取り組んでいる。
  • 甲津原には昔から伝わる「顕教おどり」があるが、だんだんお年寄りの方がいなくなり、風前のともしびになってきている。
  • 市の依頼を受けてまいばら空き家対策研究会をつくり、空き家対策を行っている。ユニークな空き家の調査や入居希望者への空き家紹介、空き家の改修を行っている。地元での実績は甲津原では約3世帯、曲谷では約4世帯、甲賀は約3世帯が入居した。
  • 山林の手入れについては、全国的に自伐型林業を手掛けていることで有名な、NPO法人土佐の森・救援隊の中嶋健造さんなどに来ていただき研修を開催した。シカやクマによってスギや桧の木の皮が剝がれて山が荒れていくという被害が出ており、放っておくと全部枯れて倒れて、崖崩れのもとになる。このようなことを防ぐため、自伐型林業に取り組んでいる。
  • 広葉樹を有効活用しようと、炭焼き窯を作った。大正窯という、非常に凝った窯をつくって炭を焼いている。
  • エネルギーについては、いままで外にお金を払っていたが、地域の中でこのお金が回るようにしていく仕組みをつくろうと工夫をしている。
  • カリヤス(刈安)という植物があるが、それが生えている場所を地域の方に教えてもらい、自分で採って染めると、購入した染料とは込める思いが全然違った。使うのがもったいないと思ってしまうくらい思いを乗せることができた。
  • 伊吹刈安といって、平安時代から鎌倉時代にかけて、この辺は山岳仏教が非常に盛んで、当時のお坊さんが衣を染めた。カリヤスは黄色になり、ちょうど衣と同じような色になる。
  • ここ20、30年前ぐらいまでは甲津原でアサを栽培していたが、その後作付けができなくなった。「オコナイ」の衣装が特別で、1軒に1枚しかなく、移住してきた方に衣装がないということで、衣装を作るために、許可を取って5年くらいアサを栽培をしたが許可が厳しいのと、この頃はなかなか織っていただける人がいないので断念した。
  • 知事が滞在する真言宗の長尾寺は600年代に開かれた可能性があり、珍しい毘沙門の仏さんが飾ってある。仏教が早くに伝わって、様々な取組が行われていたという名残がある。

参加者の自己紹介

  • 甲賀に住んでおり、東草野まちづくり懇話会設立当初から座長をしている。お寺の住職と大学の教授をしている。また懇話会以外には「まいばら空き家対策研究会」、長浜市の「いざない湖北定住センター」などの代表として地域活動に関わっている。
  • NPO法人碧いびわ湖や、琵琶湖を守る県内団体のネットワーク組織である「マザーレイクフォーラム」にも関わっている。水源地域は本来、衣・食・住・エネルギーの資源が全てそろっている一番豊かな場所のはずだが、人口減少、少子高齢化で疲弊し、山も荒れてきている。これでは琵琶湖の保全もできないし、抜本的に社会の仕組としておかしいと思い、会社を辞めて琵琶湖のほとりから、曲谷に3年前に移住をしてきた。東草野まちづくり懇話会の事務局の仕事と、暮らシフト研究所という屋号で、田畑を借りて自然栽培でお米や野菜をつくり、健康長寿なライフスタイルに転換する食べ物の提供や、暮らし方の提案をしている。自然栽培、オーガニック農業をやっている方や、それらを使い加工食品をつくっている方たちにマルシェに出店をしてもらうという「ゆっくりマルシェ」という取組もしている。田舎暮らしで、一つの仕事で生業を立てるのは難しいので、林業の六次産業化、農業の六次産業化、観光業や地域福祉などのローカルな仕事の三次産業化をやっていって、6掛ける6掛ける3で108次産業にしてはどうかと提案している。一つでは生業にならないものを組み合わせていける人たちが、この地域に今後集まってくれたらいいと思っている。
  • 昨年の3月から甲賀地区に住んでいる。草木染色をしている。もとは京都の山科にある藍染工房で働いていたが、今後のことを考えていたときに、民藝創生みらいつくり隊の募集を知った。「伊吹の天窓」のイベントに1回目から参加しており、地域の方々が温かく、風景も島根の実家と似ていたこともあり米原になじみがあった。この場所に移住して新たに起業しようと思い、民藝創生みらいつくり隊でやってきた。今後は土地で採れるものを使って草木染をやりたい。
  • 醒井養鱒場がある集落の上丹生で彫刻をやっている。江戸中期頃から歴史がある上丹生彫刻の跡を継いだ。3代目だが、最近は海外製品が多くなってきて、伝統の技術が使われなくなり、伝統だけでは生計がたてられない。新しく来られた作家さんと新しくコラボ商品などをつくることで地域が活性し、さらに新しい作家さんが来てくれるとよいと思っている。
  • 民藝創生みらいつくり隊として昨年3月の末に伊吹に来た。栗東出身で、仕事のガラス工芸も栗東でやっていた。約10年前に、結婚し子どもができたが、今後のことを考えたときに、田舎の方で、この土地のエネルギーを使い、家族と生活しながらものづくりしていくのが一番理想だと思い、移住してきた。生活するうちに地域の問題などが分かってきて、今後はものづくりで地域づくりやまちおこしができればいいと思っている。
  • 春照で焼物をしている。生まれが春照で、大学は北海道の教育大で美術教育を勉強した。専門は彫刻。もともとは絵に興味があったが、自転車で北海道を回るうちに、染めの人や、アイヌの木彫の方などと出会い、立体の面白さを感じるようになった。その後、新潟で木彫を学び、地元に帰ってきて伊吹高校で1年間講師として務めたが、教育より、ものづくりでやっていきたいという思いが強く、ものづくりの世界へ入った。彫刻の世界は難しく、他にもガラス関係、陶壁関係など色々話を聞いて回ったが、結局信楽で焼き物を始めることになった。その後、信楽から伊賀に移り、1度独立した。バブル景気の時で、最初はよかったが、すぐに伊賀を離れないといけないことになり、その後、全国の陶芸家に出会って話を聞いて、自分の方向性を考え、ある和歌山の陶芸家のところへ弟子入りをした。そこで暮らすこと自体の魅力を感じ、地元へ戻ってきた。家の裏の畑に自分で小屋を建てて作業をしながら、他の場所を探していたところ縁があり、甲津原に大きい薪の窯を建てることができた。今は作ったものを全国で売り歩いている。
  • 切り絵作家をしている。地域おこし協力隊「水源の里まいばら みらいつくり隊」として、約6年前に移住してきた。みらいつくり隊で来る前年に、仕事でこの土地に来た時に、今回の会場の「船作」と隣の「丸茂」に宿泊し、昔からここに住んでおられる方の話を聞く機会があった。子どものころから自然が大好きで、自然の中で暮らす人たちのお話を聞くうちに、感銘を受けて、ぜひこの土地に来たい思い、米原市の方に話したところ、みらいつくり隊の案内をいただき、こちらに来ることになった。出身は石川県だが、ここに来る前は大阪に10年ほど住んでいた。都会から来た自分には、この土地が魅力的に感じられ、その魅力をたくさんの方に知ってもらいたいと思い、同じみらいつくり隊の仲間と「伊吹の天窓」を始めた。今は実行委員長も務めている。一昨年と一昨々年は秋に米原駅で「ぽっぽフェス」というイベントもやった。仕事は、切り絵で自然の動物や植物をモチーフに作品をつくっている。県内だけでは生計が立たないので、全国でイベントをやったり、企業の広告、昨年は日産自動車のカレンダーを担当したりしている。今は曲谷の役員も仰せつかっており、今年は寺の総代も務める。正直2年で帰ろうかと軽い気持ちで来たが、結果的に来たらどっぷりと根を下ろしてしまった。

今後の取組について

  • チェコの陶芸家と出会い、意気投合してチェコに行ってきた。台湾茶や中国茶のイメージをチェコではどういう切り口で捉えているのか期待していった。チャヨブナ(cajovna)という喫茶店のようなものがプラハの市内に何カ所もあり、アジアのお茶をそれぞれ魅力的に紹介している。新しい刺激、新しいパッケージ、新しい情報で届けるとすごく伝わる。台湾とか上海のデザイン集団はお茶や作り手を、ミュージックビデオのように紹介していて新鮮。日本茶も、地方では同じような問題でみんなもがいているが、届け方がすごくきれいなところに人が集まっている。やっている人たちが楽しいと、人が寄ってくる。新鮮な部分をつくり上げたら、見てくれると思う。
  • ブランド力ではないが、イメージが整わないと、見え方がぼやける場合がある。冊子一つでも、デザイン力が整っていると、目が行く。
  • 東草野地域から岐阜県へ林道をつくって新たな地域交流の場にしようという計画がある。山の向こうには、既にアスファルトの道が岐阜県側から来ているので、そこまで何とか林道をつければ、いろいろ交流ができると考えている。20、30年前までは、岐阜県の坂内坂本や坂内広瀬あたりから来た人が住んでいた。もう一度そういう昔の文化に触れられる土地にできたら良いと思っている。
  • 道をつける話はぜひ実現させたいので支援してほしい。岐阜県側には道の駅「星のふる里ふじはし」があり、たくさんの人が来ている。今は木之本回りでしか来られず、遠いので、甲津原から抜けられるようになると、人が滋賀県に入ってくる道になると思う。地域おこし協力隊に森林整備で入ってもらえるよう予算要求しているところなので、実現すれば協力してもらえる。
  • 針葉樹人工林は、いろいろ補助制度があり、やり方も確立されているが、琵琶湖の水源となっている広葉樹林整備、保全に対する公的な補助制度は、ほとんどない状態。今回のみらいつくり隊には広葉樹でチャレンジしてもらおうと思っており、うまくいけば全国モデルになると思う。
  • 昭和40年過ぎまで炭焼きをやっていた歴史があり、広葉樹が多い。それが大きくなりすぎて山が荒れてしまった。広葉樹を生かそうと思うと、山に入れないといけない。山に入るためには、林道もしくは森林作業道がついてないといけない。舗装されてない道でもいいので、しっかり道をつけて、広葉樹を持続可能なかたちで管理すると水源が守られる。
  • 森林整備を行う人材の養成もしている。3人ワンチームで、ユンボで道をつけていく。いろんな技術がいるので、奈良の吉野から達人に来てもらって指導を受けている。

知事から

対話を振り返って

  • 面白い、興味深い話をたくさん聞かせていただいたので、自分なりに、かみ砕いて飲み込みたい。今年から、琵琶湖新時代をつくろうということを発信しており、琵琶湖を真ん中に環境のこと、教育のこと、暮らし・生業のこと、健康のこと、そして交流や観光のことを考えていこうとしている。
  • 琵琶湖をよくしようと思ったら、やはり源流をどうするか、そこにどうやって人の心を入れていくかということが大事。だからこそ今回、この地域に移住をさせていただくことにした。可能な限りいろんな取組を見せていただき、これからの施策の方向性を考えていきたい。ここでこうやって出会ったことが、数年後の取組につながっていけばいいと思う。今後ともよろしくお願い致します。