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彦根市 昭和34年伊勢湾台風

水害履歴

位置図
位置図
水害写真
水害写真

彦根市矢倉川決壊。 洪水により、農地流失

写真:滋賀県所蔵

開出今町 昭和34年伊勢湾台風

位置図
位置図
水害写真
水害写真

開出今町 犬上川 南青柳橋
橋の橋脚が沈下したため、落橋した

提供:琵琶湖博物館


体験者の語り

 その時、僕消防に行ってたんですよ。3名が堤防の警戒にあたっとったんです。で、「一回橋渡って、彦根の方見てこう」いうことで、3名が行きました。
 他の人は、こんな水多いのに、止めとこって言うてました。橋の上は風がきつかったし、「もう、止めとけ!」って言わはるのに、僕らは「行こう、行こう。」言うて行ったんですわ。
 で、彦根の方向いたらデーンと白いし、明かりがひどう見えん。こんなん、どえらいことになるど、いうことで、もう帰らんと偉いさんに怒られるからて、後ろ向いて戻ってきたら、橋がないねや。落ってしもてまんねや。ほいで、水が落ちた橋の上を流れとったんですわ。橋がないし、ほら大変なことになってた。
 それでも、帰らんと叱られるし、みんなに迷惑をかける。何とか帰りたいんやけど、この落ちようがあまりにも急やって。
 ほで、橋の上、水の中をすべり落ちていったけど、今度は登るときに登りきれん。さあこれは大変やっちゅうことで、3人がお互いに引きながら。上がった。幸い欄干がありましたから、その欄干を伝ってようやくはい上がったのが、この写真。折れたとこなんです。
 まあ、命拾いさしてもうたな。ほいで、橋が落ちたいうて報告したら、「おまえら、そんなとこに行っとるからや。」って言われた。よう覚えてるわ。

日夏町 昭和34年伊勢湾台風

位置図
位置図
水害写真
水害写真

矢倉川の決壊により、農地が浸水

写真:滋賀県所蔵


体験者の語り

Kさん(大正14年生まれ)
 
Kさんは、宇曽川の堤防の警戒に行く途中だった。中沢まで来たときに、向こうのほうから白いものが来るのが見えた。
 「向こうの方から一丈くらいやなあ。5~6メートルの白いもんが、だーっと来よるんや。南から。水が来たんや。」
 危険だと判断し、その場で集落の方に引き返した。
 「わしは、妙楽寺やし、お寺の釣鐘堂に、釣鐘を叩きに行かんなんで。」
 集落に戻るころには、Kさんの腰のあたりまで水が来ていた。水の中を泳ぐようにして、なんとか妙楽寺にたどり着いた。
 「たどり着いて、釣鐘ついてたら、どんどん水が来るんや。ほんで、家の西の、この道なんか、もう、腰まで水が来たわ。」
 Kさんのお父さんは、床上浸水に備えて、畳を上げて高いところにのせていた。家は、他の家よりも50センチほど嵩上げがしてあったため、庭に水が来る程度の被害で済んだ。
 彦根市消防本部の資料によると、北町(現在の西清崎)で決壊したようである。
 Kさんの記憶では、これほどの大きな水害が起こるのは、初めてだったという。ある人は、寝ていて背中が冷たくて、床上浸水に気付いたという。前日まで堤防の警戒をしていたが、雨が止んだため、堤防の警戒を終了し、家に帰った。安心して寝ていたところに、水が押し寄せてきたのだという。
 日夏では床下・床上浸水の被害があった。

Yさん(昭和26年生まれ)
 
Yさんの家は、Kさんと同じ日夏の妙楽寺にある。妙楽寺は、日夏の中でも一番低い場所にある。Yさんの家は床上浸水の被害にあった。
 「僕のとこでも、床上浸水。完全に。畳を全部上げて、箱の上に畳を全部乗せましたわ。隣に蔵があったけど、蔵に米が置いてあったらあかんで、天井から吊り上げて、二階まで米をあげてはった。」


水害写真

彦根市内の農地が流出
写真:滋賀県所蔵


伝承・言い伝え