メイド・イン・滋賀(高島扇骨)

メイドイン滋賀

高島扇骨(たかしませんこつ)

高島の位置マップ
  • 地域/高島市
  • 主な製品/扇骨、扇子

問い合わせ/滋賀県扇子工業協同組合
〒520-1217 滋賀県高島市安曇川町田中89高島市商工会内
電話:0740-32-1580ファックス:0740-32-3340

やさしい、伝統の風が吹く近江扇子

扇骨と聞いてもピンとこない人は多いだろう。扇骨は文字通り、扇子の骨(扇子の紙以外の部分)のことだが、高島扇骨の多くは京都へ出荷され、絵付けされた紙が貼られて京扇子として販売されているため、一般には知られていない。実は国産の扇骨(竹製)のほとんどがここで作られているのだ。近年、地元でも和紙を貼り、「近江扇子」として仕上げられており、大津絵や近江八景など滋賀県らしい絵柄でオリジナリティを出している。

歴史は古く、都の貴族がこの地に隠れ住んで扇子作りをはじめたとか、落武者が生計を立てるために始めたとかさまざまな説がある。史実では江戸時代、徳川五代将軍綱吉の頃、市内に流れる安曇川の氾濫を防ぐために植えられた竹を使って、冬の間の農閑期の仕事として始められたと伝えている。幕末には現在の名古屋から先進の加工技術が学び持ち帰られ、生産性が向上し、さらに京都や大阪への販路が拡大されていったという。

扇骨は両外側の2枚を「親骨」といい、内側を「仲骨」という。製作は親骨18工程、仲骨16工程にもおよび、職人から職人へ作業が移る分業体制になっている。親骨、仲骨、いずれにも3〜5年育った良質の竹が使われる。扇骨に使うのは皮と中身を削り取った、ほんの一部。9割が廃材となる。

機械でできる作業もあるが、薄い竹を扱うためほとんどが手仕事である。当然のことながら扇骨は長さ、形、色、光沢が揃っていなければならない。特に一寸の狂いも無く、形を整える作業には熟練の技を要する。おおかたの形になった扇骨1枚1枚に穴を開け、1300枚を1本の細いさし棒に刺し、一枚の板のようにする。それから包丁やノミ、小刀などで削って形を整えていく。この作業は親骨にも仲骨にもあり、作業と作業の間に何度も繰り返される。この後、沸騰した湯で煮て漂白して、天日干しにする。竹の青みをとり、カビが生えないように乾燥するためだ。この光景は高島市の風物詩として知られる。天日干しによって多少伸縮するのでまた削り直す。ここまで削ればいいとか、この角度で削るというマニュアルなどなく、それぞれの職人の手先の感覚と独自であみ出した手法によって進められていく。

そして、紙が入りやすいように先を細く削り取り、扇子の種類によって本数を合わせていく。不良品を除きながら色を揃えたら、ようやく1本の扇骨の姿になる。最後は紙を貼る作業だ。和紙を重ねて色づけし、閉じた扇子の状態に折り、和紙と和紙の間に糊を塗った扇骨を通していく。親骨を糊と糸で固定させたら完成。ここまでおよそ1ヶ月。

こうして仕上がった扇子は、プラスチック製品や海外製品にはない持ち味がある。持った時にほどよく手にフィットして、扇ぐとなんともやさしい風が吹く。それは長い時代を経て受け継がれてきた心と技でしか出せないものだろう。団扇(うちわ)は中国などでも使われていたが、扇子は日本発祥のもの。その昔は和歌をしたためて贈られていたというから贈り物にふさわしく、末広がりで縁起がいい。コンパクトでいつでもどこでも使える。一時、扇風機やクーラーの出現で生産高が落ち込んだというが、今や地球温暖化対策のエコグッズ。美と機能性を併せ持った近江扇子をひとつどうだろうか。

(取材:2007年12月)

締直しの工程
一枚の板のようにした1,300枚の扇骨を磨く作業が繰り返される
扇骨 仲骨 親骨

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