鴨川 宮野地先決壊
平成25年9月16日
県防災ヘリより、鴨川破堤箇所を撮影
撮影:9月16日11時50分頃 (南鴨方面より)
鴨川決壊箇所
平成25年9月18日
県防災ヘリより、鴨川破堤箇所を撮影
(野田方面より)
9月16日 午前7時頃 体験者宅前道路
左端の白い車が水没している
提供:木下正信様
【聞き取りにおける被害状況】
平成25年9月15・16日、超大型の台風18号が近畿地方を襲い、全国初の大雨特別警報が滋賀・福井・京都に発表された。これまでに体験したことのない猛烈な大雨が降り、県内全域に未曾有の被害をもたらした。高島市鴨川沿い、鴨の隣の集落宮野の下流も決壊し、その水流が鴨の方へ向かっていって、一面浸水。
60年前の昭和28年9月にも、台風13号による洪水で、鴨川宮野下の今回より少し上流の堤防が決壊し、南鴨一帯が浸水した。
【体験者の語り 83才 男性(昭和5年1月生まれ ) 聞き取り日 平成25年10月29日 平成25年と昭和28年の2度 水害を体験 】
1階の部屋のベッドにおばあさんが寝てて、私はその横に布団敷いて寝てた。おばあさんが夜中起きて、ベッドから下りたら、水がきてた。「おじいさん、水やで。」言うた。
わしはまだよう寝てたから、水やで言われても、なんのこっちゃわからんかった。布団は濡れてなかった。けど、その下は濡れてた。
えらいこっちゃ、すぐ2階へ上がらなあかん。どうして2階へ上がったかわからへんけど、とにかく足の悪いばあさんを抱き上げ、階段のとこまでいって、ほうほうのていで逃げたわけや。
もう水はどんどんどんどん増えてきて。その時に、ここ(壁についてる水の跡。地面から約1m)まであったら逃げられへんけど、その時はまだそこまで浸いてなんだ。それは、朝5時頃やった。
で表の方見たら、うちのワゴン車が水に浮かんで、あっちいったりこっちいったりしてますねん。みるみる水かさも増えてくるし、お向かいさんの車も水に浸かってて、もうなんともいいようのない景色や。ただぼうぜんと、2階の窓から見てるしかなかった。家の前の道が川になって、すごい高さまで泥の水が流れてましたわ。大変な泥の川になって。
体験者宅前道路 9月16日午前7時
提供:木下正信様
通常 撮影:12月1日
提供:木下正信様
ほんでまあ夜が明けて、ちょっと気持ちが収まってきた。
息子夫婦が隣に住んでて、そこは建てるときにわりと地を上げてたので、あんまり浸からなんだ。で、そこから息子と嫁が助けにきてくれた。まあ、腰ぐらいまで浸かってたんかな。おばあさん負うて、ほうほうのていで向こうへ連れて行ってくれた。で、次は私を連れて行ってくれて。
それまで2階で向こうの方見てると、車が向こうからものすごいしぶき上げてやってくるけど、もうそのへんから動けへん、立ち往生して。
自衛隊のボートが助けにきたみたいで、誰か乗せてもろたちゅうことも聞いてます。けど、とにかく、道が川の状態で、すっごい流れや。もうあれはすごかったなあ。いろんなものが、なんでも流れてた。
隣のうちの大きい乗用車やけど、それがどーんと辻の真ん中まで流されてそこで止まって。娘さんの小型の乗用車も、向かいの車も3台ほど置いとかはったけど、それも流されて。みな、ガチャガチャで道をもう、塞いでしもて。もう、なにがなんかわからん状態でした。
隣の家の親父さんが透析で、その日はどうして受けなあかん日で、あちこち連絡したらしい。そしたら、消防か自衛隊かが7,8人連れだってきた。一列縦隊になって、みな肩を持って。家の軒を手探りで伝って。あの人らはここらの地形も何も知りはらへんから。ほんで、みんなで肩持ってそこまで助けに行きはったのを、2階から見てましたわ。大変やなあと思てた。水は、腰より上ぐらいまであった。
息子が助けに来てくれたときは、もうちょっと引いてたんやろな。まあ、10時以降やったかもわからん。それまでは、どうしようもなかった。
浸水痕
孤立住民の救助にきた自衛隊 提供:自衛隊
雨は全然わからなんだ。16日の夜明け5時頃に起きたときに、ジャーという大きな雨の音を,、初めて聞いた。寝るときは、何にも知らんかった。急に降ったんかな。寝るときは、ここらはそんなに降ってない。かつてないほどの大雨やったというかんじやなかったですわ。
で、5時頃起きたときに、ジャーて大きい音してました。けど、そのときにはもう、すでにすごい水がきてたんやさかいに、やっぱり奥がもっと早うから降って、切れたんやろな。朝になっても、防災無線やらで何の情報も得られなかったことが未だに悔やまれますわ。
けど今回は、ボランティアさんに助けられたなあ。ありがたかったです。そらもう、県内からも県外からも、毎日毎日来てくれはるねん。その気持ちがうれしいがな。お弁当持って、お茶まで持って、来てくれはった。
ほんまにあんなことなあ。お願いするのもどうしようかと思うぐらい、きつい仕事でした。
床板全部めくりますやろ。床板取ったあと、歩けるような状態やないんや。そこへ足場板をそうっと架けて。それを継いで継いで奥まで架けて。で、昔は床下に石がいっぱいや。床板めくったら必ず塚の下に丸い石がありますんや。で、地べたは全部土ですやろ。そこへ足場板を架けて、上がったり下がったりしながら一輪車でどんどんどんどん、外へ出してくれはる。すごい重労働でっせ。よう、あんなことしてくれはる。黙々とやってはった。ほんまにようやってくれはった。
で、息子に言うてますんや、今度こんなことあったら、どこでもかまへん、手伝いに行け、て。それがお礼の気持ちやからいうて。絶対行く言うてますわ。
で、泥を表に山に盛っとくと、ありがたいことや、役所の方から車回してくれはって、溜まったら次から次からダンプで持ち出してくれはって。
すごい量でっせ。見てる間に山になりますやん。流木もみな放りだしてたから。土もすごい量でした。それみなそこに盛っとくと、みな持って行ってくれて、朝になったら何にもない。ほしたら、またそこへ山に盛って。それがずっと続きました。
昭和28年9月25日に、滅多にない大水で大変やったという記憶がありますわ。その時に、鴨川の宮野の集落の下流の堤防が切れたゆうの聞いてたんやけど。
それから60年経って、同じようなとこが切れたゆうことで、もうちょっと何らかの対策ができてたら、こんな悔しい思いをすることいらなんだのになあと悔やめて、一人ぼやいてますんや。
しかし、危ないとこいっぱいあったんやて。もう、手が洗えるぐらいのとこまで水がきたったて、子どもの時分からよう聞いてたけど。それは、もうそこまで水がきてるちゅうことや。まあ、安曇川はいっぱい警報出たったし、避難もしたそうやし、鴨川も八田川も危なかったって聞いてるし、今回ももし宮野が切れんかったら、どっか他が切れてたかもわからん。それはしゃあないことやけど。
まあこんなことがあって、これからはみんな神経質になるやろ。われわれの油断もあったと思う。
少し離れたところの家は、ちょっと高かったから床下ですんだ言うてた。うちらのとこ、ちょっと低いんやな。ほんの紙一重で人生の運・不運は決まるもんやなと、ばあさんと苦笑してる。
避難場所もなあ、集会所も平屋やし、おんなじように水に浸かってる。安全な場所は思い浮かばん。2階しかしゃあないけど、おばあさんが具合が悪うて、2階へ上がるゆうこともちょっとなあ。これから、みんなもっと考えなあかんな。これから先も災害は絶えんことやし。
この男性の昭和28年の体験へ
南鴨のその他の写真(水量に注目!)
2013年9月16日
提供:木下正信様
2013年12月1日
提供:木下正信様
2013年9月16日
提供:木下正信様
2013年12月1日
提供:木下正信様
9月16日9時16分AM 県道558号永田交差点付近
撮影:滋賀県
9月17日 6時30分AM頃
提供:県民
鴨川決壊の洪水による流木が多数、家に当たって引っかかっている。
体験者の語り 男性 61歳(昭和30年2月生まれ)聞き取り日:平成29年2月7日
【聞き取りにおける被害状況】
平成25年9月15・16日、超大型の台風18号が近畿地方を襲い、全国初の大雨特別警報が滋賀・福井・京都に発表された。これまでに体験したことのない猛烈な大雨が降り、県内各域に未曾有の被害をもたらした。
高島市では、鴨の上流側の宮野地先で鴨川堤防が決壊し、洪水が鴨に向かっていったため、鴨は一面浸水し、大変な被害を被った。
60年前の昭和28年9月にも、台風13号による洪水で、鴨川堤防宮野地先の、今回より少し上流の堤防が決壊し、南鴨一帯が浸水した。
【体験者の語り 】
平成25年、台風18号により鴨川堤防が決壊し、洪水が襲ってきた。家は住宅基礎を高くしてあったので、全体的な床上浸水は免れたが、住宅基礎内に浸水したため、そこから水が上がってきた。
【あんな勢いで流れていく水は、初めて見た】
平成25年9月16日、2階で寝ていた。
朝5時頃、家内がなにか音がするというので起きてみたら、すでに家の周りに水が流れていて、「うわ!」という状況だった。
これは大変だと1階へ下りたら、しばらくして家の中に水が入ってきた。
うちは基礎が高いので、この冠水状態だと外から家には入ってこないんだが、基礎の通気口から床下に水が入って、そこがいっぱいになり、床上へ上がってきた。それが、5時20分ぐらい。
けれど、家全体が水に浸かってるわけやないので、床上の水を掻き出して水の少ない玄関へ落としてた。だから、大変やという気持ちはあったけど、命の危険とかは感じなかった。
特別警報が出たのが6時くらい。その時にはもうすでに一面が水で、すごい勢いの流れで、とても歩ける状況ではない。車でも行けない状況だった。
あんな勢いで流れていく水は、初めて見た。小さいとき、道路が浸かったのは見てるけど、流れてるというのは見たことない。
台風が来ることは知ってて、警戒せんとあかんと思ってたけど、直撃はしないと安心してた。
16日朝8時頃、防災無線で、あちこちの集落に避難勧告が出るんやけど、南鴨は全然言わない。最後まで勧告は出なかった。南鴨の水は何なんやろうと言ってた。
避難の話は、雨風がちょっと収まってからやったけれど、そう言われても、あの水の中をどうやって避難するのかと思ってた。
8時半ごろまでずっと床上の水の掃きだしをやってて、ひと段落してからテレビをつけても、京都の嵐山ばっかりやってて高島の状況はわからずで、あっちよりここの方がひどいぞと言うてた。
鴨川が決壊したことも知らず、どこからこんなに水がきたのかと思ってた。
【隣の家から助けを求められて】
その頃、隣りの家から、家の基礎がえぐれて、家の中から流れてる濁流が見えるぐらいで、怖いので避難させてもらうかもしれないと言ってきた。どこまでえぐれるかわからんし、2階にいても家が倒れるかも知れない。その家には、夫婦と小学生の子どもが2人いる。
一面水浸しで、どうやってくるかと話してたけど、最終的には来なかった。
うちの斜め向かいの家には、自衛隊か消防かがボートで救助にきていた。おかあさんと、帰ってきてた妊娠中の娘さんの2人。
ここは平屋で、そこの家の前に止めてあった車の、窓わくの下まで水がきてたから、1mぐらいは冠水していた。
体験者宅のまわりを川のように流れる洪水。
軽トラックの車輪が見えないほど、浸水している。
撮影:9月16日午前7時 50分頃
提供:県民
【この洪水は、鴨川決壊のため】
南鴨の集落は、集落の北の方の通りあたりが、川沿いで一番低い。浸水位は1m超ぐらいで、たぶんそこが一番深かった。
鴨川からの洪水は、南鴨集落の中の2つの通りを勢いよく流れて、集落で床上浸水させたのと、決壊地点からさえぎるものがなく、田んぼをまっすぐ流れて、集落を通りぬけ、JR湖西線方面に流れていったのが、被害が大きかった。
隣の家の基礎もコンクリートやけど、それがえぐれるぐらいやから、すごい水の勢いで、このあたりも浸水深は1mぐらいだった。
遠くの方には水しぶきを上げながら走る車も見えるけど、こっちの方には近寄れない。だから、たぶん他の集落の人は、南鴨がここまでなってるとは知らなかったと思う。その日はこの状態で、身動きできなかった。
最終的に水の流れが止まったのは、翌日の昼ぐらい。
鴨川が決壊したという情報は、自分であちこちから情報を集めてわかった。 この集落の消防団も、警報が出てたので、前夜15日から詰めていた。それによると、鴨川が危ない危ない言うてて、翌16日朝4時過ぎ頃、下流の水深がストンとなくなった。で、切れたんやなあと言ってたらしい。
【被害の状況】
うちの家の床は、みんな水に浸かった。
和室の床板を取ったら下は泥だらけで、20cmぐらい溜まっていた。この泥が、全部の床下に入ってる。
和室の泥は上を開けて取れるけど、フローリングの床は開けられんから大変で、基礎コンクリートの床下通気口を下まで切って、人が中に入って出した。
バケツも、知り合いにあるだけ持って来てと頼んで、染料が入っていたものを50ぐらいもらった。それも集落の人に分けて、全部使った。
【流木で駐車場がダム化】
車は、近所もみんな水没してだめになった。うちは2台あって、1台は水没してしまった。
ところが、もう1台の車は、奥の方へずーっと流されただけで、助かった。
なぜかというと、その車も最初は洪水をかぶってたけれど、どんどんどんどん木や竹なんかが流れてきて、駐車場の入り口をダムのように塞いでしまったので、浸からなかった。
うちは、川から少し距離はあるけど、その間がずっと田んぼなので、洪水が直撃した。川に向かって道沿いに、塀の開口部がガレージ2つと門があるので、ここから家に水が入る。洪水で、直径が20cm以上もある木やら竹やらがどんどん流れてくる。一方の駐車場の入り口は、たくさんの木が引っ掛かって、完全にビーバーのダムのようになって、塞がれてしまった。おかげで中の車は浸からず、最初に水の勢いで駐車場内を端まで流されただけで済んだ。
もう流木がたくさん引っかかり、駐車場の入り口だけでも、2トントラック2杯分ぐらいあったのと違うかな。
あんな太い木が、まともに家に当たったらひどいことになるんやけど、流木が直撃したという話はどこからも聞いてない。
決壊箇所からの洪水が直撃し、流木やらでふさがれた 駐車場入り口。
家の内側から撮影
家の前の道路から撮影
提供:県民
【集落中央にある古い方の家】
集落北の一番低い道は、明くる日もまだ水が流れてたので、通れなかった。
ここの人も、台風当日、自衛隊に救出してもらっている。
知り合いの家では、朝5時にすでに相当水が上がってきていたから、電化製品は持てるだけ持って、2階へ上げたらしい。
うちも、今は住んでないけれど古い家が近くにあって、そこも床上浸水やった。畳は上げてあったので、床板の上に泥が溜まっていた。土間にも、泥が10cm以上は溜まってた。
止めてた軽トラックはアウト。小屋も泥だらけ。 その泥は、土のう袋もなくなって持って行くところもないので、土のうを積んでプールを作って、その中に泥を溜めていった。
うちのように通り沿いの家は、水が家の前を流れていってまだましやったけれど、流れが突き当たった家はひどかった。ここには流れが集中していって、ドアを破って家の中をまっすぐ抜けてる。木造で基礎はないから、縁の下からも水が入ってる。
和室の床下も、土間も、奥に見える床上も一面泥だらけ
提供:県民
【仕事は 2週間休んだ】
後始末には相当な時間がかかった。僕は2週間、仕事を休んだ。ボランティアの人も大勢来てくれはった。うちは、親戚や知り合いが、毎日10人ぐらい来てくれたので、ボランティアさんは、他へ行ってもらった。
田んぼも大変やった。今もまだ石がいっぱいある。そして、たくさん流れてきたのがタイヤ。うちの田んぼにもタイヤが4本ぐらいあった。それから流木。
うちの横の道路を、洪水が流れていって、その下流にある道路沿いの工場は、1m以上浸水した。湖西線でせき止められて、そのあたりがダムになってしまって。さらに、湖西線の下を横切る道路のところは開口部になっているから、周辺の水がそこへ集中して抜けていった。
で、さらに抜けていったら、今度はバイパスで遮られて、またダムになって、抜けるとこは水流が強いから、アスファルトも舗装がめくれてガタガタになってた。その勢いで丸太とかタイヤも流れてくるし、盛土の抜けてるとこが何カ所かしかないから、あちこちでダムになってる。それで被害が拡大していた。
水害リスクは、単に川だけでないと思う。
【過去の水害について】
親から水害について聞いたことはない。
ただ、小さいときに住んでた古い方の家の前の道が、10cmぐらい冠水してたのは覚えてる。裏の、集落で一番低い道が冠水してたのも覚えてる。けど、大きな被害はなかったように思う。 それで、水に対する警戒心はなく、全然心配してなかった。
この台風の後、何回か大雨があったときはすぐ避難勧告が出て、みな避難所になってる「B&G海洋センター」へ行った。
【洪水の浸入を防ぐために、家を壁で囲うと安心】
近所に、まともに水を受けてるのに、被害の少なかった家がある。なぜかというと、水がきた方向に塀があったから。それと、家の基礎が高くなっている。それで流れを受けてるけれど、ほとんど家に入ってない。ちょっとの違いで全然違う。
うちの家も基礎がちょっと高いから、全部塀で囲ったらまず大丈夫。
うちは、川から少し距離はあるけど、その間がずっと田んぼなので、川からの水が直撃する。すると、川に向かって道沿いに塀の開口部が、ガレージ2つと門とで3つあるので、ここから水が入る。それでこれを塞ごうと思う。
今の雨の降り方では、堤防が切れることはないかもしれんけど、溢水は絶対ある。洪水の浸入を防げるように、家を囲うと安心。
【集落の避難に関して】
地域で、防災計画は作っているが、避難訓練はしていない。
ここの避難場所は、一番は近くの「南鴨会議所」。水害では危なかったけれど、火災や地震とかの避難所でもある。
ここは、平成25年の時に浸水したけど、水の流れはこの建物でせき止められられたので、その横の広場にはあまり水はなかった。
そして次は、「B&G海洋センター」。
避難勧告は高島市の防災無線で。屋外にもスピーカーがある。車もみなあるし、ほぼ各自で避難できると思う。
個人的には、災害があった時のために貴重品をかためておいたり、非常時のライトやガスボンベとかの一式は、準備している。
【伝えたいこと】
●水の来る向きは、塀などで塞ぐこと。
これまでの50年に1度の雨が、これからは10年に1度ペースで降るかも知れない。川の構造も今の雨に合ってないの で、何か対策が必要。水がどんどん溢れていったら、結局、堤防は決壊する。
●家屋の保険は、水害も対応できる保険に入っておくこと。
うちは今回は火災保険だけだったので、早速入った。
●車対策は、車両保険に入っておくこと。
でないと、水没して廃車になっても一銭も出ない。
●土のう袋やバケツ・スコップの準備。
ボランティアさんに来てもらっても、道具がなかったら仕事にならない。準備が必要。
【皆さんの援助に、感謝しています】
災害の時には、近隣やボランティアさんら、たくさんの皆さんに助けていただいて、本当にありがたかった。 大きな災害でしたけど、人的被害がなかったのが幸いです。
台風18号鴨川右岸浸水状況(県防災ヘリ動画より)
9月16日 11時50分頃 撮影:滋賀県
【聞き取りにおける被害状況】
平成25年9月15日から16日にかけて、台風18号が本州を襲い、全国初の特別警報が滋賀県・福井県・京都府に発表された。これまでに経験したことのない猛烈な大雨により未曾有の被害をもたらし、16日午前5時頃、鴨川の野田橋下流の宮野地先で堤防が決壊。場所が集落より下流だったので、直接水の流れを受けなかったが、逆流水を警戒して、集落で避難した。
60年前の昭和28年の台風13号のときは、今回の決壊場所の上流の堤防が決壊。溢れた水が集落を襲って、一部の家屋を直撃している。
体験者の語り 男性 78才 ( 昭和10年生まれ ) 平成25年と昭和28年の2度 水害に遭う 聞き取り日 平成25年10月29日
【鴨川が、宮野のお墓のとこで切れた】
恐ろしいこっちゃな、ほんまに。一生に2へんも水害に遭うてな。
鴨川の堤防のここ両側にブロックが積んだるんやけど、川の水がここ(左岸)へバーッとあたるから、そこからブロックがずれとったんや。で、その水が宮野の方(右岸)へバーッとあたって、その勢いで堤防が痩(コ)けていったんや。こら、あかん、ここ切れたら、鴨が水びたしや。ここが危ないゆうのは、みんな知ってた。
ほんで、野田橋は付け替えられてるんやけど、元の橋のとこは石垣を積んで丈夫にしたるわな、。そこもカーブになってるから、宮野の方ばっかり水が当たってた。もう、ブワーッブワーッと流れよる。これは切れそうな水やったんや。これはあかんなあゆうてたら、野田橋の下流のここが切れたんや。
消防団は夕方から警戒しとった。台風が来る前からな。鴨川が切れたんが、朝方の4時か5時頃かなあ。
宮野のお墓が堤防の下にあんねんけど、はじめはお墓のとこが破れよったんや。で、ごっつい木が倒れよって、今度は水の方向が変わって、堤防がバーッと切れたんや。
本流が、いかい堤防をバーンとぶち破ったさかい、お墓の方が切れたんやけどな。先にお墓のとこが破られたんや。野田橋からまっすぐや。うちのお墓もみな、さらわれたんや。
ほらもう、水がダーッと鴨のほうへ流れてた。ほんで、切れたとこにうちの田があるねけど、なんと何にもあらへん。みな、抜かれた。深う深うなって。こんなもん、元の田になるんかい言うてたけど。この田のあたりから、水が滝のように落ちてたわ。あら、ひどいもんやな言うて。
で、その下に隣の田があんねんけど、雨が降るさかい、田を刈らんとコンバイン置いて去(イ)んどった。それが、ダーッと流されて。コンバインも何もかもあらへん。ほんで、材木が根ぐち、ばーっと倒れとるがな。ほらすごいわ。
ほんで、田んぼの真ん中に1軒、家があるねん。切れた下(シモ)にな。ここ向いて、バーッと水がいってたわ。ここの家は、地上げしてはったからましやったけど、あんなもん上げとかはれへんかったら、まともに家ごと持って行かれてるわ。
それから、朝の8時頃かな。消防がBG(B&G海洋センター)へ逃げてくれゆうて、1軒1軒歩きよった。逆流する水がこわいから、みな、逃げてくれゆうて。一生懸命やっとった。わしらうろうろしてて、おい何してんねや、早よBGへ逃げて来いて怒られて。
水が逆流しよるからな、怖いねん。はじめはダーッと向こうへ流れていったけど、それが今度は逆流してくるねん。ほんなら、ここらも見てる間や。はじめはどうもなかってもな。
そこに、草の根ハウスてあるけど、あんなん低いさかいあかんし、BGにしようゆうて、今決まってそこに逃げたんや。
昭和28年の時も、すぐそこが決壊したけど、誰も逃げともなんとも言わへんわ。最近は避難避難て言うてるけど。
鴨川平もBGへ逃げてきた。ここも危ないんやわ。上の武曽(ムソ)が越水しとったらしい。消防も夕方から見回ってたけど、晩のうちには逃げなさいとは、言うてなかったなあ。朝まで警戒しとったけどな。
【前に切れたとこを警戒してた】
けど、ここが切れたんは、知りよらへんかったな、みんな野田橋の方ばっかり、寄って眺めてるだけで、下が切れたん知らへんねや。わからへんねん。
ほんで、鴨へ下がっていったら、なんやここ、水あらへんやんてなって。
鴨川野田橋下流の決壊箇所
撮影:滋賀県
宮野地先より見た決壊箇所
撮影:滋賀県
ほんま、危なかったんや。もう、見たらぞっとするわ。で、水が多いさかい、下の気配が全然わからへんやん。もう、消防も橋のとこばっかりおったさかい。誰も下まで行かへん。
ほんで、部落のもんが誰か、朝ふっと見たら、ほらまあ、ひどい水や。ここらの田んぼ、水浸しや。ほんで、切れたんちゃうかゆうて。そんなもんや。みんな橋ばっかり見てたから。あそこが切れたら在所が危ないさかいな、ここらがみな。
今度は幸い宮野の在所では水が浸いたとこはなかったけど、その代わり、鴨がかわいそうやった。この下にアパートが建ったる。1階の人は、自動車も電気製品も全部あかんかった。ベーリング工場でもみな水に浸かったさかい、あかへん。
それから、夕方の4時頃か、建設会社が出てきて、なんとか止めるゆうてたけど、どないして止めるんや、こんなおおさわな水。ザバーッときてるし。
ほんだら、流れてきたブロックやらを埋めよるんやけど、そんなもん、あかん。けど、根気ようどんどん持ってきて、沈めよ沈めよゆうて埋めよるんやわ。で、やっと本流が向こうへいった。どんどんどんどん、川上かどっかにあったんやろな、土砂を持ってきて。
若いもんも、これから家建てるんやったら地上げもしはるやろ。考えてると思うわ。あとは、早めに避難するしかない。こないだも、27号(平成25年台風27号)が大きいて危なそうやったから、また逃げなあかんどていうてたんや。ほんですぐ、橋見に行った。あんまり降らへんかったからよかったけど。関係のないもんは知らん顔しとるわ。
もう、雨が降るとこわいわ。
避難場所になった高島B&G海洋センター
16日午前7時38分ー浸水していない