藤尾奥町
9月18日撮影・ 提供:県民
土砂で埋もれた家。藤尾川の橋が詰まって、溢れた流木や濁水が敷地内をどんどん走り、夜が明けてみると、家が埋まっていた。
【この調査は、関西大学環境都市工学部マネジメント研究室と協働で行いました】
住民の方たちの体験から、「地域の特性」「昭和28年多羅尾豪雨の水害」「昭和28年台風13号の水害」「昭和57年の水害」「平成25年台風18号の水害」をマップにまとめてあります。
【石居の概要】
・大戸川を挟んで、右岸は石居1丁目と3丁目。山地から大戸川への坂地で、集落の地盤標高は付近の集落より高い。そのため、地域には《石居橋まで大戸川の水位が到達しない限り、水害被害はない》という認識がある。
・1丁目と3丁目の間は山地が道路に迫っていて、集落は繋がっていない。坂の下付近は、大戸川が増水したら溢れやすい。
・左岸は石居2丁目。平地で田地。大雨が降って大戸川の水位が上昇すると、農業用排水路である古川に集まった多量の水が排出できなくなるため、梅雨の頃など、浸水しやすい。
体験者の語り 男性・ 聞き取り日:平成29年10月12日
・9月15日、昼過ぎより雨が降り続いていたので、石居1丁目の、堤防前にある我が家は危険だと思い、午後11時前に、車を石居自治会館へ避難させた。この時、堤防道路は、歩くことができた。
16日夜中3時過ぎ、自宅前の道路が30cmほど冠水してきたので、土のうを積んでもらったが、危険を感じたので自主的に避難して、よかった。堤防道路は水没し、自宅は床上50~60cmの浸水被害にあった。
少し離れた山際では土砂崩れがあり、2mほど土砂が堆積していた。
同じ頃、3丁目の四の谷川が溢れ、大戸川付近の家屋が5軒床下浸水した。堤防道路は、1mほど冠水した。
・左岸の農地は、すべて冠水。
・少し上流の堂は、深さ1m以上の浸水被害にあった。
・雨が上がってから、避難勧告が出された。
・うちは家を建て替える時、1mほどかさ上げした。
増水している大戸川。石居橋から下流をみる
県撮影:H25.9.16.6:16
越水して道路と川の境目がわからない、大戸川右岸、石居橋上流
提供:大津市
撮影:H25.9.16.10:30
水の迫る石居橋
県撮影:H25.9.16.6:16
古川橋より見る、一面冠水の、森・堂方面
県撮影:H25.9.16.6:15
体験者の語り 男性・ 聞き取り日:令和3年5月26日
平成25年9月15日に台風が接近する天気予報の情報が入ってきた。大きな台風である。
私は9歳で小学3年生の時に、名古屋で伊勢湾台風を経験していて、川が決壊し通過後の翌朝、現地およびニュース等で状況を確認したら家が倒壊とか死者も多く出て、すごい台風を経験した。
今回の台風はそれに匹敵する台風だとテレビの天気予報が言っていた。
16日の午前3時半くらいまで起きていたが眠くなって少しうただ寝した。
それから1時間するかしないか(午前4時30分頃)ぐらいの時に、家の外から防災の方たちが腰あたりまでに水に浸かりながら○○さん○○さんすぐに避難してくださいと叫ぶ声が聞こえてきた。しかし、目の前の道路はすでに水位が高く怖くて外には行けなかった。
私の家の玄関を見るとブクブクと水が入って来て、靴が浮いてくるのが見えた。
浸水状況を見ながら仏壇・テレビ等は1階から2階に上げて、台風が通過して行くのをひたすら我慢していた。
その時間が長くて長くて、台風が過ぎ去っていくのをあまり覚えていなかった。それほど怖かったイメージが強く残っている。
床上浸水で冷蔵庫も危なかった。畳は浸かって全部取り替えた。
エアコンの室外機が浸かり全部駄目になり、その後の対策として室外機をその時の浸水面より上にあげてもらった。(壁に取り付ける事で音がうるさくなったけど。)
車も水没し2台駄目になり、買い替えの費用もかかった。保険金も全額は出ない状況であった。
その後の改修費・家具調度品等の予算も考えておく必要がある。
その時浸水になるとは思っていなかったので、車の退避はしなかった。それ以後は大雨が降るたびに高台の家の方に一時的に車を退避させてもらっている。
信楽で降った雨が1時間後くらいで石居のこの近くに丁度流れてくる。信楽でもたくさん雨が降ったのだろうと思う。だからこんな大洪水になったのではないか。
地域の人は色々と経験しているので皆さんは良く知っていると思う。
その前の時間帯はもっとすごくて、道路が川になっていて木とかが色々と流れてきた。
私の家の前には5本の木があり、その後ろの木が2本流されて行った。道路が川みたいで、川と道路の隔たりがわからない。どこを見ても道路面が見えない。
避難すると言っても、ここらへんは田上小学校、市民センターまで遠く2.6kmある。また途中で峠を越えて下りて行くとゼオンポリミクスの会社があり、その前の道路は周囲より低くすぐに浸水する。その場所を通っての避難は非常に危険な箇所である。
その近くの家は土地も低くほぼ全壊に近かった。
私の隣の駐車場も水没して何も見えなかった。
私の家の付近は上の方から水が流れて来る。高台から水が用水路に流れて来てここらへんに集まって来る。
私の家の付近も床上浸水して畳もぐしゃぐしゃ、道路沿いの10軒くらいは床上浸水だったと思う。
南部衛生プラント・市民運動広場のグランドの位置は山になっていて、またゴルフ場からも水が集まって来て四の谷川と前の道路の合流地点に溜まるので余計にひどい。
石居2丁目は田んぼだから全部浸かる。大戸川の支流から逆流して来る。浸水したら水は捌けない。
台風の次の日が良い天気になり後片付けをしていた時、大津市の職員の方が浸水状況調査に来ら
れ、調査後早くに罹災証明を出して頂いた。
その午後に大津市長が現地視察に来られた。流れが酷かった状況や浸水で大変な状況等をお伝えした。
台風通過で浸水した後の掃除が大変で、被害を経験した人し
かわからない状態であった。
私と長男で床下に潜って、取り除いても取り除いても泥が残り、汚いし暑いし、30分やっていたら狭いし疲れた。
建坪40坪足らずの家でもどんなにくたくたになったことか…。
ボランティアの方に本当に助けられ、どれだけ感謝しているか!精神的にもすごく感謝している。
バスで沢山の人が来てくれた。若い人達も多く、ボランティアの方がどれだけ尊いか。
心配して、水を持って来たり、心配されてご挨拶に来てくれたり、ボランティアの方には今でも感謝している。
次の日、泥が乾燥するとバス等が通る毎に埃が舞う。
近隣には子供さんがおり、畳・ごみ・浸かった物等が道路の路肩に捨ててあり危険で腐敗した物もあり親御さん達も注意はされていたが、浸水後の衛生管理が重要になってくる。
災害復旧の作業は、当時はまだ60代で大丈夫だったが、今だったらしんどいであろう。
申請して市の指定された業者さんが浸かった箇所を消毒してくれた。
また家の床下まで消毒を一杯撒いてくれた。手際は良かったと感謝している。
感謝を言っても言っても言い足らない。
去年一昨年に熊本で地震・水害があったが被害に遭われた方の気持ちは非常に良くわかる。
避難した時にトイレとかの衛生管理は当時どのようにしてくれるか全然知らなかった。また着替えを貸して貰えるとかもわからなかった。
田上支所・田上小学校に避難するときは石居橋で濁流により流される可能性もあり通れない。
稲津の市民会館へ避難するにも遠すぎる。山伝いに行って橋を渡らなければ行けない。
近いのは田上小学校だけど、橋を渡らずに行くには大分大廻りして行かなければならない。
この地域の避難場所は遠い。避難には難しい場所である。
つい先日の大雨の時にも消防署の方が来てくれて避難してくださいと言われるが、こんな状況では躊躇する。
どこまで皆さんがどのように危機管理を意識しているか疑問だ。私たちは経験しているから分かるんだがこの水位ならまだ良いとか。
つい先日の大雨の時も傘をさして川を見ている人がおり、もしその時に濁流が来たら助からないと思う状況であった。
大雨で道路が冠水したら、長靴を履いたら駄目、靴を履く。(長靴では水が入り自由に動けない。)
ゼオンポリミクス会社の前の道路は、つい先日も土曜日の雨で、低い位置にあり、川の濁流がすれすれまで迫っていた。
河川水位はいつも見ている。危険水位になりましたとか行政の緊急連絡メールが来る。瀬田川の危険水位とかも入って来る。天気予報だけでは心もとないので助かる。
家の前の大戸川で危険を感じるのは信楽で大雨が降った時。(前の台風の教訓から。)
【後世に伝えたいことは】
どんな時に避難したら良いか、家族で話し合っておくことが大事である。
妻は保存用の乾パン・トイレ用品・衛生品・消毒液・お茶・薬を定期的にチェックして入れ替えている。
被害があった時、家族が1週間から2週間生きて行くようにする。その後はなんとか助けに来てくれるだろう。
風がすごい時には洗濯竿とか物が飛んで来たら大変だから飛ばないようにするとか。
災害はいつ起こるかわからない。
災害は忘れた時に来るとの思いを持つこと。(台風水害の経験の教訓から。)
自宅前の道路と大戸川の台風通過直後
撮影:県民
自宅前の道路と大戸川の通常
撮影:県民
自宅前の交差点が冠水
撮影:県民
自宅前の交差点通常
撮影:県民
自宅前冠水状況
撮影:県民
(この冠水状況の動画もありますので視聴を希望される方は、県庁流域政策局まで問い合わせてください。)
自宅前通常
撮影:県民
【藤尾奥町の概要】
大型の勢力を保った台風18号は、9月15日から16日にかけ、滋賀県で記録的な大雨をもたらした。16日午前5時5分、初の大雨特別警報が発表された。この台風により、県内各地で河川が氾濫して、浸水被害が多数発生した。
山に囲まれた藤尾奥町は、山のすそ野に沿って点在する細長い、古くからの集落。
集落内に、大津長等からの流れと、隣接する京都大文字山からの流れが合流する、藤尾川が流れている。川の傾斜がきついので、集落は何度か水害や土砂災害等に遭いながら、住んできた
平成25年9月の台風18号時には、記録的な豪雨による流木や土石で藤尾川に架かる橋が詰まり、川が氾濫して、あたりを濁流が覆い流れた。上流の3軒は、1階が浸水し、家の周りには約1.8mもの土砂が堆積した。
体験者の語り 男性 74歳(昭和16年8月生) 聞き取り日:平成27年5月28日 災害写真提供含む
【見てる間に水が押し寄せてきた】
このたびの災害の、後始末を手伝って下さったボランティアの方・地区・消防等関係の方々には、大変感謝しています。
平成25年9月15日は、朝から雨。午後からさらに強くなり、夜7時頃外へ出ると、藤尾川は泥水で、水かさが上がっていた。
午後9時半ごろ川を見に行ったら、橋まで40~50cmぐらいのところまで、水が来ていた。
川はちょっと雨が降ったら、ゴロゴロと音がして、石が流れてるのがわかる。私ら、小さいころからそれに慣れとったけど、この時は普段の雨の時よりもっと大きい音がしてた。音がしてるということは、まだ流れがあったんやけど。
午後11時半ごろ、消防署の人が来はった。川が危険になっているので、すぐ避難するようにとのことで、すぐ見に行ったら、もう手の届くとこに水が来てた。あたりは泥臭い臭いがしていた。
川に近い勝手口の方を出ると、水がもうすぐそばまで入ってきていて、そのとき見てた1~2分の間でさらに水が増えた。
これはあかん、浸水すると思い、1階にある大事な物を、家内と2人で2階へ上げた。その間に、土間に15cmぐらい浸水してきて、そこにあった靴やら浮いてきた。
これは危険だ、隣に避難しようと、2人で長靴を履いて玄関の外へ出ると、もう40~50cmの水がきていて、長靴が全部浸かってしまった。膝ぐらいまで浸かって、もう長靴もぼとぼとやけど、鍵だけ閉めて出た。
逃げるときは、水はひざぐらいまで来てたけれど、まだ濁流ではなかったと思う。12時過ぎやったと思う。
隣は、うちより1m50cmぐらい高いんです。いとこなんで、そこに避難して窓から一晩中、どうなるんやろうと見とった。
そしたらもう、見てる間に水がザーッと流れてきて。ちょっと先にエアコンの室外機があったんやけど、それが舟のように浮いて動いてた。
うちと隣の間の通路に、川からの濁流が暴れて流れてて、どんどんどんどん水が走って、すさまじいんや。
川が、流れてきた土砂でいっぱいになったから、水が溢れて低いとこへ逃げてきたんやと思う。うちはちょっと低いから、一晩中ずっと流れてた。その水がそのまま、下流側の家の方へ流れていくんや。
避難したこの隣の家にも、あと30cmぐらいのとこまで水がきた。これ以上になったら、この家も危ないと思てたんやけど、なんとか収まった。よかった。
夜中じゅう一睡もできなかった。明るくなってまわりが見えてきたら、濁流が家の周りをぐるっと一回りして、流れていた。
生まれてこの方、家がここまで浸水するいうのは、初めての経験です。
藤尾川が溢れ住宅が浸水。道と川の区別がつかない
通常
撮影:滋賀県
【土砂が家の周りに堆積して、入れず】
翌9月16日正午過ぎ、雨が上がった。
隣りの家の周りを流れる水の勢いは、午後2時過ぎぐらいから少しずつ弱くなってきた。この濁流はみんな、うちの周りから下流の方へ流れていっていた。水が勢いが強いので、外へ出られなかった。
流れがおさまってきた夕方4時過ぎに外へ出て見たら、土砂が我が家の周りに1.5mぐらい溜まっていて、うちの玄関が開かない状態。家の中に入れないんですわ。
土砂に埋まった家
藤尾川に堆積している、大量の土砂
庭にあった物干し台も、ほとんど埋まってた。土砂の上に立つと、もう屋根に手が届くぐらい、土砂が溜まっていた。川の方が高いから、家の方へどんどん水が入ってくるんです。昭和28年の経験といっしょや。
家に入れへんもんやから、なんとか少しだけでも玄関前の土砂をのけようと、近所の人たちがスコップやらつるはしで、のけてくれはった。
それから、家のまわりの土砂が壁になって、家の中の水がはけへんので、近所の工務店の方がユンボを持って来て、土砂の山に水の通り道を作って流してくれはった。
玄関前 9月16日 午後4時半頃撮影
家の中の水を流す水路
埋もれて、竿掛けの部分しか見えない物干し台
そうやって17日の夕方、やっとのことで家の中に入った。雨戸を閉めてたから、幸いにも家の中には土砂は入ってなかった。水は流れてたけど。大きい冷蔵庫は立ってたけど、小さい方は倒れてた。畳は、床下から水が持ち上げたのか、浮きあがってた。
片づけるとき、水を含んで重たくて、1枚を男4人でやっと持てたという状態やった。
壁についた浸水の跡
撮影:滋賀県
床下の泥を掻き出しているボランティアの人々
壁に泥水の跡がついていた。畳から80~90cmぐらい、土間からやと1立方メートル~40cmぐらいのところに、今も跡がついてる。
そんなで、家の中は散々たるもんでした。3年前に家全体をリフォームしたとこやのに。
藤尾川は、上流の橋が落ちて、流れてきた土砂や竹・流木でうちの橋を含めて下流の橋が3つ詰まったので、水が溢れてここらへん全部浸水した。うちの家は1m80cmぐらいの浸水。ふだん川底まで1.8mぐらい下やから、合わせて、3.5~6mぐらいの水がきたんやと思う。
近所の人やボランティアの方が大勢来て、一生懸命やってくれはったおかげで大変助かり、感謝の思いでいっぱいです。
裏の藤尾川に堆積する、流木や倒木・流石等
流れてきた木やゴミの詰まった橋
【先祖からの家やけど、引っ越した】
うちは先祖代々ここに住んでるけど、道路より家の方が低い。おそらく60年か70年に1回は、こんな目に遭うてると思う。
記録にはないけど、母親から、私の生まれる直前の昭和16年6月に、全く同じような被害にあったと聞いている。それから72年経ったんが、平成25年の今回や。
それから私の小さいころ、おそらく昭和28年頃の話やと思うけど、藤尾川のとこへ出て、もう水に手が届くなあいうのを経験してるんです。だから、ここはたびたびこんな水害経験をしてると思う。
このあと、私は先祖からの家はこのままにしておいて、安全な所へ引っ越しました。
【藤尾奥町の概要】
大型の勢力を保った台風18号は、9月15日から16日にかけ、滋賀県で記録的な大雨をもたらした。16日午前5時5分、初の大雨特別警報が発表された。この台風により、県内各地で河川が氾濫して、浸水被害が多数発生した。
山に囲まれた藤尾奥町は、山のすそ野に沿って点在する細長い、古くからの集落。
集落内に、大津長等からの流れと隣接する京都大文字山からの流れが合流する藤尾川が流れている。川の傾斜がきついので、集落は何度か水害や土砂災害等に遭いながら住んできた
平成25年9月の台風18号時には、記録的な豪雨による流木や土石で藤尾川に架かる橋が詰まり、川が氾濫してあたりを濁流が覆い流れた。上流の3軒は、1階が浸水し、家の周りには約1.8mもの土砂が堆積した。
体験者の語り 男性 70歳 (昭和20年3月生) 聞き取り日:平成27年5月28日
9月15日の夜11時くらい、雨足が相当強くなったように感じてた。
私は70才で、過去にも藤尾川の怖さというものを経験してるので、寝ずに監視してた。
そしたら、まず川の水が濁り、泥水になって、今度は土臭がした。そしたら、川の音が石の流れる音になった。もう16日になってたと思うけど、ゴロゴロゴンゴン、相当な音やった。
私は過去の経験から、また溢水するんと違うかなと思ったので、消防署に電話して、土のうを300ほど持って来てもらうことにした。
で、出動してくれたらしいんやが、水が道路に溢れてて、急な坂やから消防車が動かれへん。うちは上流の方やので、そっちまで行けんという連絡がきたんや。
それと、消防車に載せてきた土のうは、下流の人たちが、家が浸きかけてるので欲しいというので、みな下ろしてしまったからもうない、言うんや。で、土のうはなかった。
そのあと、常備の西消防署から分隊が来て、川を見とった。
そしたら、16日未明やと思うんやけど、消防署が来て、1番上の橋が今落橋したので、高台へ避難してくれ言うんや。
けど、家も心配やし、なかなか逃げられない。古い家やから、仏壇から何からあって。まあ、2階は大丈夫やろから、とにかく2階へ上がれいうことで。
それまでは、家の中に水が入ってけえへんように努力した。事前にシーツやらタオルやら、家にある止水できるもんはすべて用意して、窓や玄関のサッシのとこにみな詰め込んで。ほんで濡れたら絞ってまた置いて。床下の換気口もふたしたし。
そうこうしてるうちに、消防署は、手立てがないから我々はもう引き上げるというて戻りよった。消防署員も消防車も危ないしな。
で、親と息子1人を離れに避難させて、本家には仏壇があるから、私と家内ともう1人の息子が残った。
ほんまに水が怖いのは昔から知ってるし、川が溢れて水がくるいう予測はしとった。それで消防へ電話をしたりしてる間に、もうそんな状況やろ。落橋やいいよるし。
で、限界が近づいた時に、明るなってきて、助かったちゅうことや。
外が白々としてから表を見たら、すさまじい状況ですわ。家の周りには、土石が1m以上堆積してる。泥と石や。大きな石もころがってる。橋には流木が詰まってるし、家の方へ逃げてきた水が家の間を通って、流れていってる。庭の灯篭やらもあらへん。流されたんかと思てたら、おったわ。土砂に埋まっててん。
ここが坂やなかったら、家全部浸かってたかもしれん。まあ、坂やなかったら、あれだけの流木は流れてけえへんかったやろけど。
高低差のある隣家との間を走る泥水
提供:県民
通常
撮影:滋賀県
庭の灯篭ーここまで埋もれていた
撮影:滋賀県
家の間を走る水
提供:県民
今回は、一番上の橋が落ちて、次の橋が詰まって、その次が詰まって、またその次の橋も詰まったから、ここらあたりが大惨事になったんやけど、下の方も、坂やから川も道もわからんぐらい水が走って、床上床下浸水してる。
まあ、ここで詰まらんと流れてても、どっかで詰まってる。
災害の怖さは、みんなある程度、知ってると思う 。
うちも、私が知ってるだけでも、2回浸水被害に遭ってる。昭和16年もおんなじように、藤尾川が氾濫して泥水が押し寄せてきて、今回とおんなじように、近所3軒が床上浸水して、泥だらけになってるんや。流域の下流の方もひどい被害やったいうことや。
ここらは水が怖いとこや。堤防のかさ上げはなかなかしてくれへんから、昔から、自らが家の前やらに建てる防災壁やら石積みで、1m余り上げてた。川が溢れても、水は道路は走るやろけど、家の中は大丈夫なように対策をとってたけど、こないだは想定外や。家と家の間を水が走ってくるんやから。
で今度は、壁がしてあるもんやから、逃げる水も逃げへん。そんなことはまさかと思てた。川からの水だけを考慮してたらいいと、対応してたから。