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研究所報2004

内頸動脈閉塞症における視覚刺激時の血流増加パターンの変化 山内浩 ・工藤崇 ・加川信也 ・岸辺喜彦 ・岩崎甚衛

1.はじめに

1PET上のmisery perfusionは、症候性脳主幹動脈閉塞症患者の脳梗塞再発の危険因子として重要であることがわかった。misery perfusionを呈する患者を選択しバイパス手術を行うことで、misery perfusionが改善され、脳梗塞再発が予防しうる。しかし、misery perfusionを呈する患者は症候性脳主幹動脈閉塞症患者の15%程度であり、効果を脳梗塞再発予防にしぼると残りの85%はバイパス手術の恩恵を受けられない。
脳主幹動脈閉塞症患者におこる高次脳機能の低下が、バイパス手術後改善する場合がある。一般的にバイパス手術前後でPET検査を行うと、脳血流は改善するが、酸素代謝は改善しない。しかし、PET検査は安静臥床状態で施行され、脳の活動時にどのように脳循環代謝が変化するかを術前後で評価しているわけではない。すなはち、脳主幹動脈閉塞の影響で、脳の活動時に必要な血流供給が妨げられ、脳がうまく機能しないことが高次脳機能の低下の機序であると考えると、バイパス手術により、安静時の酸素代謝は改善しないが、脳の活動時に十分な血流供給が起こるようになり、高次脳機能の低下が改善する可能性がある。また脳の活動時に十分な血流供給が起こるようになれば、リハビリテーションによる脳機能の改善あるいは維持に効果がある可能性がある。バイパス手術の効果を高次脳機能の改善あるいは低下予防に求めると、misery perfusionを呈する患者以外にも恩恵を受ける患者が存在すると考えられる。
本研究では、高次脳機能を、それが遂行される際に必須の基本的な機能(たとえば視覚)とその上で働く複雑な機能に分けて考える。低下していない基本的な機能を活性化する刺激(たとえば光刺激)を与えれば、関与している脳領域(一次視覚野:後大脳動脈領域)の血流や代謝は正常に増加するが、この増加が他の領域(内頸動脈領域)の血流を犠牲にして起こるようなら、その上で高次脳機能を遂行する際に他の領域の血流供給が妨げられ、脳がうまく機能しない可能性がある。そこで、通常のsteady state法による評価とともに、チェッカーボード反転による視覚刺激による負荷試験を行なった。内頸動脈閉塞性疾患患者で、この刺激時に、1)一次視覚野(後大脳動脈領域)で血流が正常に増加するか、2)内頸動脈領域、特に一次視覚野近傍領域で、血流が低下しないかを評価した。3)またこれらの血流変化が、内頸動脈閉塞性疾患に起因する脳循環障害の程度と関連しているかについても検討した。

2.対象と方法

 頚動脈に高度狭窄あるいは閉塞性病変を有する患者13例(両側病変4例)(平均年齢62歳)を対象とした。後交通動脈あるいはleptomeningeal anastomosisによるposterior circulationよりの側副血行を6例で認めた。ポジトロンCTおよび15O標識の水(ボラス静注法)を用いて、安静時(画面中心の十字を凝視)と視覚刺激時(4Hzで反転する黄青の環状のチェッカーボード)の脳血流量を測定した。脳血流量はautoradiographic methodにより計算した。安静時と視覚刺激時の一次視覚野皮質およびその近傍領域の値を半球毎に(頚動脈病変の高度な側と軽度な側で)求めた(図1)。視覚刺激時の値は大脳半球皮質平均値の視覚刺激時/安静時比で割って刺激時の全脳の変動を補正した。同時に、15O標識のガス吸入法により酸素摂取率を求め、中大脳動脈領域の平均値を計算した。視覚刺激による脳血流量の変化と安静時の酸素摂取率の値との関係を検討した。

関心領域の設定

3.結果

1)安静時の値と比較して、視覚刺激時に、一次視覚野で血流は有意に増加したが、一次視覚野近傍領域においては有意な増加はなかった。

2)一側性内頸動脈にのみ病変を有する例(9例)の解析では、血管病変と同側の一次視覚野近傍領域における血流変化量は、反対側と比較して、有意に少なかったが (-0.05±2.50 vs. 1.14±2.21 ml/100g/min, p=0.01)、一次視覚野における血流変化量には半球間で差はなかった(6.80±4.81 vs. 7.94±6.48 ml/100g/min)。
 

3)個々の症例のデータを解析すると、一次視覚野近傍領域における血流変化量は症例間および半球間で多様であったが、安静時の脳循環障害の程度と関連していた。26半球のデータ解析において、一次視覚野近傍領域における血流変化量は、有意に中大脳動脈領域の酸素摂取率の値と負に相関し(r=-0.39, p<0.05)(図2)、一次視覚野における血流変化量と負に相関する傾向があった。

視覚刺激前後での脳血流量の変化の図

 4) そこで重回帰分析をおこなうと、中大脳動脈領域の酸素摂取率の値と一次視覚野における血流変化量は、共に有意に一次視覚野近傍領域における血流変化量と負相関することが判明した(表)。

一次視覚野近傍領域の血流変化の図
視覚刺激時の一時視覚野近傍領域の血流増加量の図
一時視覚野近傍領域の血流増加量決定因子(多変量解析)の表

4.結論と考察

1)健常者における検討で、本研究で用いた視覚刺激により、一次視覚野および一次視覚野近傍領域(高次の視覚領野)の両方で血流は増加し、2領域の血流増加量は正相関する。しかし、本研究で、内頸動脈閉塞症患者の一部では、視覚刺激時に、一次視覚野で血流は増加したが、一次視覚野近傍領域において血流が減少した。
2)この血流変化のパターンは、内頸動脈領域の酸素摂取率増加(脳循環不全)と一次視覚野での著明な血流増加に関連していた。すなはち、一次視覚野近傍領域の血流増加量は、内頸動脈病変による脳循環障害の程度が強い程少なく、一次視覚野での血流増加量が多い程少なかった。
3)この結果は、脳循環障害の程度が強い場合、視覚刺激時に血流の再分布がおこっていることを示し、一次視覚野の血流増加が近傍領域の血流を犠牲にして起こる可能性を示唆している。

4)この血流増加パターンの変化と高次脳機能障害との関係について検討する必要がある。

参考文献

1) Yamauchi H, Kudoh T, Sugimoto K, Takahashi M, Kishibe Y, Okazawa H. Altered patterns of blood flow response during visual stimulation in carotid artery occlusive disease. NeuroImage 2005; 25: 554-560.


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