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研究所報2004

症候性内頸動脈閉塞症における側副血行路と脳循環動態の関係におよぼす虚血病変の影響 山内浩 ・工藤崇 ・加川信也 ・岸辺喜彦 ・岩崎甚衛

1.はじめに

 近年、1) 内頸動脈閉塞症では脳循環障害の程度は個々の患者で異なること、2) PETによる酸素摂取率の測定やSPECTなどによるAcetazolamide負荷血流増加反応の測定により評価した脳循環障害の程度が高度な患者では、脳梗塞再発のリスクが高いこと、3) このような患者にバイパス手術を行えば脳梗塞再発を減らせることが明らかにされている。それ故、脳循環障害の程度の評価は、内頸動脈閉塞症患者の管理上必須である。
個々の内頸動脈閉塞症患者で脳循環障害の程度は側副血行の程度により決定される。側副血行の決定因子のひとつとして重要なのが、血管撮影上の(解剖学的な)側副血行路である。脳循環障害は、側副血行路の機能が不十分で、血流供給が不足することで生じる。内頸動脈閉塞症では、Willis輪が主要な側副血行路で、眼動脈や脳軟膜吻合は、Willis輪の機能が不十分である際に動員され、かつ側副血行としての血流供給能も低い可能性がある。もしそうなら、眼動脈や脳軟膜吻合は脳循環障害のマーカーとして有用であろう。しかし、これまで内頸動脈閉塞症患者における、血管撮影上の眼動脈や脳軟膜吻合の存在と脳循環障害との関連を検討した研究の結果は一致していない。
内頸動脈閉塞症患者における、側副血行路の機能と脳循環障害との関連は、虚血性病変に起因する代謝低下により、脳組織の血流の需要がどの程度減少するかにより影響される。MRI上正常にみえる大脳皮質にも、一次的(軽度の虚血性変化、神経細胞障害など)、および二次的(経神経性の機能抑制など)により代謝の低下が生じる。眼動脈や脳軟膜吻合は、正常の代謝状態では脳循環障害を生じても、虚血性病変に起因する代謝低下により血流需要が低下すれば脳循環障害を生じない可能性がある。しかし、これまで、内頸動脈閉塞症患者における側副血行路の機能と脳循環障害との関連を、虚血性病変に起因する代謝低下を同時に解析し検討した報告はない。
本研究では、症候性内頸動脈閉塞症患者において、PETにより評価した脳循環障害(酸素摂取率の上昇)および酸素代謝低下の程度と、血管撮影上の側副血行路のパターン、および MRI 上の虚血性病変のタイプとの関連について検討し、1) 眼動脈や脳軟膜吻合の存在が、酸素摂取率の上昇と関連しているか、2)虚血性病変による代謝低下が、側副血行路と脳循環障害との関係に影響するかについて検討した。

2.対象と方法

 症候性内頚動脈閉塞症患者42例(男性34例、女性8例、平均年齢62歳)を対象とし、ポジトロンCT(PET)による脳循環代謝測定と血管撮影(4-vessel)による側副血行路の評価を行った。臨床診断は、TIA10例、軽症脳梗塞32例で、MRI上、梗塞あり38例、なし2例である。血管撮影上、一側性閉塞29例で、反対側内頚動脈に50%以上の狭窄性病変がある例が13例(狭窄11、閉塞2)あった。血管撮影とPETの間隔は19±15日であった。血管撮影(4-vessel)により、症候性内頚動脈閉塞と同側の中大脳動脈領域へのすべての側副血行路(Willis動脈輪(前および後交通動脈)、眼動脈、脳軟膜吻合)をあり、なしで評価した。MRIT2強調画像により、症候性内頚動脈閉塞と同側のすべての虚血性病変(前方型および後方型-表在型境界領域梗塞、その他の皮質梗塞、深部型境界領域梗塞、その他の白質梗塞、線条体内包梗塞、ラクナ梗塞)をあり、なしで評価した。PETと15O-標識ガスを用いて、脳循環代謝諸量を測定し、血管病変側中大脳動脈領域皮質の酸素代謝率と酸素摂取率(高度脳循環障害の指標)の値を計算した。

3.結果

 1)それぞれの側幅血行路の有無で患者を分類した場合、酸素摂取率の値(脳循環障害の指標)に差はなかった。しかし、眼動脈あるいは軟膜吻合のどちらかを有する患者群は、どちらもない患者群よりも酸素摂取率の値が有意に高かった(表1、2)(図1)。

側副血行路の分布の表
側副血行路と酸素摂取率の関係表

2)有意な酸素摂取率の上昇(健常者の95%上限値52.9%以上)を示す患者は18例あり、そのうち17例(94%)は眼動脈あるいは軟膜吻合を有していた。3)眼動脈あるいは軟膜吻合を有する患者は27例あり、そのうち17例(63%)で酸素摂取率は上昇していた。4)虚血性病変のうちで、前方型-表在型境界領域梗塞と線条体内包梗塞が、酸素代謝率の低下と有意に関連しており、眼動脈あるいは軟膜吻合を有しながら酸素摂取率が正常である場合(37%)の一因と考えられた(表3、4)(図2)。

虚血性変化の分布表
大脳皮質酸素代謝と虚血病変の関係表
線条体内包梗塞と大脳皮質酸素代謝低下の図

 5) そこで多変量解析を行うと、眼動脈あるいは脳軟膜吻合を有することと線条体内包梗塞がないことが、酸素摂取率の上昇と有意に関連していた(表5)。

大脳皮質酸素摂取量の予測因子の表

4.結論と考察

1) 症候性内頸動脈閉塞症では、眼動脈や軟膜吻合の動員が高度脳循環障害(酸素摂取率の上昇)と関連している。その原因として眼動脈や軟膜吻合は、Willis輪に比べて側副血行としての血流供給能が低いためと考えられる。
2) しかし、この関連は、虚血性病変に起因する代謝低下により血流の需要がどの程度減少するかにより影響される。それ故、側副血行路のパターンは脳循環障害の正確な指標とはならず、脳循環動態の直接的測定が脳梗塞再発リスクの判定には必須である。
3) 代謝低下による血流需要減少を考慮することは、症候性内頸動脈閉塞症における、側副血行と脳循環障害の関係を理解する上で重要である。

参考文献

1) Yamauchi H, Kudoh T, Sugimoto K, Takahashi M, Kishibe Y, Okazawa H. Pattern of collaterals, type of infarcts, and hemodynamic impairment in carotid artery occlusion. J Neuro Neurosurg Psychiatry 2004; 76: 1697-1701.


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