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研究所報2003

冠動脈患者におけるDipyridamole薬物負荷による心筋の生理学的変化 #2; Dipyridamole負荷後1時間における心筋血流の絶対値および相対分布の変化 工藤崇・羽田龍彦

1.はじめに

 虚血性心疾患の診断のためには、安静時の血流を評価するのみでは不十分である。これは、80%~90%といった狭窄度の冠動脈であっても、安静時の血流を維持するには十分であり、正常冠動脈によって栄養されている心筋と有意な血流の差が生じないことによる。正常血管に栄養されている心筋と狭窄血管に栄養されている心筋の血流の差が明らかになるためには、冠動脈が拡張し、心筋血流が増大した状態を作る必要がある。
上記の心筋血流が増大した状態を作るため、研究#1でも述べたとおり、臨床においてはdypiridamoleを用いることが行なわれている。Dypiridamoleは心筋酸素需要をほとんど変化させること無く心筋血流を増大させることが出来る上、血中半減期が100分程度と比較的短く、またAminophyllineによって容易に薬物効果を打ち消すことが出来るため、安全に負荷を行なうことが出来るとされている。しかしながら、検査が終わってからの心筋の血流状態がどのように推移しているかははっきりとした検討が無いのが現状である。通常副作用が認められない場合においては、dypiridamoleの効果が短期間で消失することを期待して、特に何の処置も行なわれていないケースが多い。果たして実際に血流の変化が短時間で消失しているかどうかを明瞭にするため、以下の仮定のもとに本研究を行なった。

2.Dypiridamole負荷検査後における心筋血流の経時的変化の検討

 仮定;以下の2つのケースが考えられる。
1; Dipyridamole1時間後で血流は正常化。
2; Dipyridamole1時間後で血流は正常化しない。

対象;2003年5月以降にN-13アンモニアPETを行なった19例。
方法;約10分間のγ線吸収補正用Transmission撮影の後、約740MBqのN-13 ammoniaを静注、静注と同時にPETの撮像を5分間連続収集(dynamic収集)で開始した。その後引き続き10分間の心電図同期撮影を行った。この後、約2時間後に0.56mg/kgのDipyridamoleを4分間かけて静脈投与し、その後約3分間待って、安静時と同様のdynamic収集を行なった。dipyridamole負荷後は1時間の安静を保ち、その後再度同様のdynamic撮影をおこなった。
収集されたdynamic収集のデータを用いて心筋血流定量画像を作成した。作成はPatlak graphical analysisによって行なった。また、心電図同期撮影のデータを加算して、N-13 アンモニアの相対的な分布の画像(定性画像)も作成した。作成された定量画像と定性画像の同じmid-ventricle sliceの中隔、前壁、側壁に関心領域を設定し、それぞれの領域の絶対血流量、及び相対的N-13 ammoniaの集積率(心筋内の最大集積に対する該当関心領域の集積の割合。%uptake)を計算した。計算された%uptakeを元に、負荷時の%uptakeが安静時の%uptakeの90%未満に減少している領域を虚血領域と定義した。また、安静時の% uptakeが50%未満である領域は貫壁性心筋梗塞と定義し、この領域については解析から除外した。それ以外の領域を非虚血領域とした。また、心筋全体の血流平均量も計算した。
結果;心筋全体の血流は安静時において0.63±0.19、負荷時に1.06±0.35、負荷後1時間で0.59±0.15 (ml/min/g)と、負荷後一時間で安静時の値まで回復していた。このことから、負荷後一時間でdipyridamoleの心筋血流増大効果はほぼ消失していると考えられた。
しかしながら、局所血流でみると、虚血領域と非虚血領域では違いが認められた。
全57領域中7領域が虚血、47領域が非虚血(残りの7領域は貫壁性梗塞のため検討から除外)であった。負荷後1時間でのそれぞれの領域の絶対血流量を安静時の血流量で除した値を求め、これを血流回復指数(Normalization Ratio)と定義し、虚血領域と非虚血領域の間で比較したところ、非虚血領域ではNomalization Ratioは0.99±0.20とほぼ1であり、血流が安静時と同程度に回復していることが示されたが、虚血領域においてはNomalization Ratio=0.78±0.12と1を大きく下回っており、非虚血領域のNormalization Ratioと有意な差を認めた(p<0.01)。このことは虚血領域では負荷後1時間では血流が安静時よりも低下していることを示唆しており、実際に非虚血領域の血流が安静時では0.60±0.20、負荷一時間後では0.62±0.16(ml/min/g)と同等であったのに対し、虚血領域では安静時0.60±0.17、負荷一時間後では0.48±0.12と負荷一時間後で低下が認められた。%uptakeについても虚血領域の% uptakeは安静時で61.7±6.7%, 負荷時で53.5±6.2%, 負荷一時間後で52.5±5.0%と相対的な分布パターンが安静時のパターンに回復していないことが示された(図2)。

図1:血流絶対値の変化
1時間で血流は安静時の値に正常化している。

図2:血流相対分布の変化
虚血領域の相対分布は負荷後1時間でも正常化していない。

 考察;仮定された二つの結果のいずれとも異なる、絶対血流は正常化するが、相対的血流分布は完全に正常化しないという、絶対血流・相対血流間の予想外の乖離が見いだされるという意外な結果となった。
dipyridamole負荷は冠動脈の平滑筋弛緩作用により冠動脈の拡張を起こし血流を増大させる。このことを利用して、狭窄した血管により栄養される領域と正常血管により栄養される領域の差を大きくして、狭心症の原因となっている虚血を捕らえようというのが、dipyridamole負荷心筋シンチの理論である。効果が比較的短く一過性であることから、安全に行なうことが出来るとされ、頻用されてきている。本研究では負荷後一時間で心筋全体の血流は安静時の血流と同等の値へと回復しており、dipyridamoleの心筋血流増大効果が一過性の短いものであることが確認することが出来た。
しかしながら、虚血領域では、負荷後一時間でも血流の相対分布の異常が残存することが示唆された。dipyridamole負荷による心筋虚血の検出理論は上記の通り、心筋血流の増大に伴うものであり、絶対的心筋血流が正常化した後でも相対的血流分布の異常が残ることは、従来の理論からは説明が非常に困難である。ひとつの説明として、dipyridamoleの血管平滑筋に及ぼす薬理作用が狭窄血管と正常血管で異なる可能性があるが、これによってしても安静時よりも血流が低下するケースの存在を説明することは難しい。過去の報告で、dipyridamoleにより血管攣縮が引き起こされる症例があるとされており、これが原因となっている可能性は否定は出来ない。また、動物実験による報告でテクネシウム血流製剤と薬物負荷による血流増加を利用した虚血の検出は、従来のような正常血管と狭窄血管の血流領域の差を大きくすることによって行なわれているのではなく、狭窄血管よりも末梢の毛細血管レベルでの血管床の減少を捕らえているとする報告がある。これによって、今回の結果が説明できる可能性がある。
(本研究の一部は2003年日本循環器学会学術集会、2003年日本医学放射線学会学術集会で発表された)

参考文献

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