ENGLISH

研究所報2002

17αエストラジオールを用いた筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療の試み 京都大学神経内科 中溝知樹 川又純

1.はじめに

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は脳および脊髄の運動ニューロンが進行性に脱落し、全身の骨格筋が麻痺する変性疾患で、人工呼吸器を使用しなければ数年の経過で死にいたる致命的な疾患である。いわゆる神経難病といわれる疾患の中でも、最も経過が急速かつ治療が困難であり、患者やその家族の苦痛は計り知れない。ALSの約9割は孤発性(SALS)で、残りの1割は家族性(FALS)である。ALSの原因は長らく不明であったが、1993年FALSの家系でスーパーオキサイドディスムタ‐ゼ1(SOD1)の変異が発見されて1)以後、FALSの約2割がSOD1遺伝子の変異によって引き起こされることが明らかとなった。一方、孤発性ALS(SALS)の原因は、グルタミン酸毒性、活性酸素種の関与などが示唆されているが、詳しい発症機序は未だに不明である。
ALSの治療に関しては、欧州でおこなわれた治験でグルタミン酸放出抑制薬であるリルゾールに軽度の進行抑制効果が認められたが2)、本邦における治験では有意な効果は認められなかった3)。また、近年相次いで行われた神経栄養因子の治験も有意な進行抑制効果はなく、現在のところ、ほかに有効な治療薬はない。このように、ALSはその悲惨な経過にもかかわらず、実質的には治療法はないと言ってもよいような状態であり、有効な治療法を開発することが急務となっている。
女性ホルモンであるエストラジオールには神経細胞保護効果があり、アルツハイマー病の発症抑制効果があることが報告されている。ALSにおいても、その患者は女性より男性に多く、女性患者の多くは閉経後であるという疫学的なデータ4)から、エストラジオールが発症抑制効果を持つ可能性が示唆されている。我々は、ラット脊髄初代培養系を用いて、女性ホルモンである17βエストラジオールとその光学異性体である17αエストラジオール(αE2)が運動ニューロンに対して保護効果をもつことを示した5)。αE2には内分泌学的効果がないため、生体に投与した場合の副作用が少ないと予想され、ALS治療薬として直ちに臨床応用しうるものと期待される。

2.研究の目的と方法

 そこで、本研究ではαE2がALSに対して治療効果を持つかどうかを調べる目的で、変異SOD1遺伝子を導入したALSを発症するトランスジェニックマウスにαE2を投与し、その効果を臨床的、および病理学的に検討することとした。
我々が米国ジャクソン社より輸入し、系統維持している変異SOD1(G93A)トランスジェニックマウスは生後約3ヶ月でALSを発症する。このマウスをαE2投与群およびプラセボ投与群にランダムに割り付け、経時的にその臨床症状を観察し、αE2に発症予防効果または寿命延長効果があるかどうかを検討する。また、その脊髄を病理学的に観察し、運動ニューロン脱落の程度をαE2投与群およびプラセボ投与群とで比較する。

ロタロッド写真
図2ロタロッド写真

 マウスの臨床症状の解析にはロタロッド(図1=ロタロッド写真)を用いた。15rpmで回転する棒の上にマウスをのせ、マウスが落下するまでの時間を測定する。各々のマウスにつき週3回測定し、最大のスコアは90秒とした。測定は1度に付き3回行い、最も成績の良いものを採用した。90秒以内に落下するようになった時点で発症したとみなし、発症までの時間に関して生存分析を試みた。また、マウスを横転させて10秒以内に起き上がれなくなった時点を死亡とみなし、その寿命に関しても生存分析をおこなった。

3.結果

 まず少数(n=6~8)のマウスにつき予備的な実験を試みた。αE2は10mg/kg/day相当量を週2回腹腔内投与した。ロタロッドによる行動解析(図2)では、αE2群は総じて、プラセボ群よりも落下するまでの時間が長く、症状が軽い傾向がみられたが、統計学的には有意差はなかった。発症までの時間、および寿命に関する生存分析でも、αE2は発症、寿命ともに延長する傾向がうかがわれたが、ログランク検定では有意差はなかった。

図 2
図2

4.考察

 今後は、より多数のマウスを用いて実験を行うとともに、病理学的な検討も加えることにより、今回示唆されたαE2の治療効果がはたして有意なものなのかを確認することが重要であると考えられた。また、αE2の用量を変化させて最適な用量を決定するとともに、βE2の効果とも比較検討し、その効果の機序の解明と臨床応用に向けた取り組みを行って行きたい。

参考文献

1) Rosen DR. et al. Mutations in Cu/Zn superoxide dismutase gene are associated with familial amyotrophic lateral sclerosis. Nature. 1993; 362: 59-62.
2) Bensimon G, et al. A controlled trial of riluzolein amyotrophic lateral sclerosis. ALS/Riluzole Study Group. N Engl J Med. 1994;330:585-91.
3) 柳澤信夫ほか. 日本における筋萎縮性側索硬化症患者に対するRiluzoleの二重盲目検比較試験. 医学のあゆみ 1997; 182: 851-66
4) Cashman NR. et al. Gender and Presentation Age in the ALS Patient Care Database. Neurology. 1999; 52(Suppl2): A166
5) Nakamizo T. et al. Protection of cultured motor neurons by estradiol. Neuroreport 2000; 11: 3493-97


滋賀県立総合病院研究所 〒524-8524 滋賀県守山市守山5-4-30 Tel:077-582-6034 Fax:077-582-6041

Copyright(c) 2004- 2019 Shiga Medical Center Research Institute, All Rights Reserved.