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研究所報2002

ヒトHDL受容体、SR-BIの機能解明 -CLA-1トランスジェニックマウスの作成とその解析- 上田之彦

1.はじめに

 古くからの疫学的研究により、冠動脈疾患の危険率と血清HDLコレステロール値との間には負の相関があることが明らかにされている。HDLの最も重要な抗動脈硬化作用は、血管壁を含む末梢細胞中の余剰なコレステロールを引き抜き、肝臓へと運ぶ、いわゆるコレステロール逆転送経路の担体としての機能によるものと考えられている。最近注目されている、急性冠症候群が、比較的新鮮な粥状動脈硬化巣の破綻により引き起こされるという知見を考えると、コレステロール逆転送経路を活性化させることにより、粥状動脈硬化病巣の退縮を促進することは、より効果的な動脈硬化疾患予防および治療法開発のうえで重要な課題である。
1994年、Kriegerらにより発見された、スカベンジャー受容体クラスBタイプI(SR-BI)がHDLと結合して、HDLから細胞へのコレステロールの選択的取り込みに関与することが報告されて以来、この蛋白がHDL受容体であることを示唆する多くの研究結果が報告されている。

2.研究の目的と方法

 我々は、すでにSR-BIを肝特異的に野生種の2倍および10倍過剰に発現するトランスジェニックマウスの系を樹立し、SR-BI過剰発現による脂質代謝および動脈硬化病変形成への影響をその発現レベルに応じて観察した。これにより、SR-BIが肝においてはHDL粒子からコレステリルエステルを選択的に取り込む受容体として働き、コレステロール逆転送系に深く関与していること(1)、さらに、肝において2倍程度という生理的範囲内でのSR-BI発現増加が動脈硬化病変の抑制につながることが証明された(図1)(2)。
しかしながら、マウスとヒトではコレステロール、特にHDL代謝系が異なると考えられており、SR-BIの機能についてもヒトにおいては解析が十分に進んでいない。そこでわれわれは、ヒトSR-BI(CLA-1)の機能を解明し、動脈硬化の新しい治療法につなげていくため、このCLA-1遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成し、その機能解析をすすめている。
まず、ヒト遺伝子をそのプロモーターや調節領域を十分に含んでいると考えられる、BACライブラリーから約70KbのCLA-1遺伝子全長を含むものを単離、精製した。このBACクローンは

図1.正常、SR-BIを肝臓で2倍および10倍 過剰発現するトランスジェニックマウスの動脈
 硬化病変。赤く染まった部分が動脈硬化病巣。
 2倍の過剰発現では動脈硬化病変形成の抑制が 認められる。これに対して10倍の過剰発現では動脈硬化病巣は拡大した。(文献2より)

図1.正常、SR-BIを肝臓で2倍および10倍 過剰発現するトランスジェニックマウスの動脈硬化病変。赤く染まった部分が動脈硬化病巣。
2倍の過剰発現では動脈硬化病変形成の抑制が 認められる。これに対して10倍の過剰発現では動脈硬化病巣は拡大した。(文献2より)

CLA-1遺伝子とともに5’上流域約70Kbと3’下流域約25Kbを含んだものである。このBACクローンをマウス受精卵にマイクロインジェクション法により導入し、トランスジェニックマウスを作製した。 このように、ヒト遺伝子を本来のプロモーターや調節領域も含めて導入して得られたトランスジェニックマウスでは、ヒトの生体内の遺伝子発現を反映するものと考えられる。その発現様式を明らかにするため、トランスジェニックマウス各臓器からRNAを調整し、RT-PCR法およびRNaseプロテクションアッセイ法により内因性のマウスSR-BI遺伝子と区別してヒトCLA-1遺伝子の発現を解析した。

3.結果

 トランスジェニックマウスにおいて、ヒトCLA-1遺伝子はマウス内因性SR-BI遺伝子とは異なる発現パターンを示した。マウスSR-BIは、これまでに報告されているように、副腎、卵巣、肝臓で多く発現しているが、脳での発現はあまり多くない(図2A)。これに対し、ヒトSR-BIはマウス遺伝子同様、副腎、卵巣、肝臓で強い発現を認めるとともに、脳でも強い発現が認められた(図2B)。

図2 トランスジェニックマウスににおけるSR-BI遺伝子発現
図3 トランスジェニックマウスにおけるSR-BI遺伝子発現

また、SR-BI遺伝子は、SR-BI以外にその第12エクソンを持たないSR-BIIとしても発現することが報告されている。このSR-BIIはSR-BIと同様にHDL受容体として機能すると考えられるが、そのHDLとの結合効率はSR-BIに比べて低く、本来の機能は未だ明らかにされていない。そこで我々はCLA-1トランスジェニックマウスを用いて、ヒトSR-BIとSR-BIIそれぞれの発現を定量、検討した。その結果、肝臓や副腎、卵巣ではCLA-1の転写産物のほとんどがSR-BIであるのに対し、脳ではSR-BIIの発現が多いことが明らかになった(図3)。
以上のことから、ヒト脳においては、SR-BIIがそのHDL受容体として、あるいはそれ以外の機能で、重要な役割を果たしている可能性が示唆される。

4.まとめ

 これまでに我々は、ヒトSR-BI(CLA-1)トランスジェニックマウスを作成、樹立し、それを用いた、ヒトSR-BI機能解析を進めている。この研究で、ヒトのHDL代謝経路の全容が解明されることにより、動脈硬化を効果的に退縮させることのできる画期的な治療法の開発につながってゆくものと期待される。これまでの研究結果は、平成13年9月11日、米国ニューヨーク市において開催された学会、第14回Symposium of Drugs Affecting Lipid Metabolismにおいて発表。また、平成14年7月18日、神戸市において開催される、第34回日本動脈硬化学会総会において発表予定であるとともに、論文発表に向けて準備中である。

参考文献

1) Yukihiko Ueda, Lori Royer, Elaine Gong, Junli Zhang, Philip N. Cooper, Omar L. Francone, and Edward M. Rubin, Lower Plasma Levels and Accelerated Clearance of High Density Lipoprotein (HDL) and Non-HDL Cholesterol in Scavenger Receptor Class B Type I Transgenic Mice. J.Biol.Chem 274; 7165-7171 (1999)
2) Yukihiko Ueda, Elaine Gong, Lori Royer, Omar L. Francone, and Edward M. Rubin, SR-BI Transgenics: Relationship between Expression Levels and Atherogenesis. J.Biol.Chem 275; 20368-20373 (2000)


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