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研究所報2002

全血を用いる血小板凝集測定システムの開発 塩榮夫

1.はじめに

 脳血栓症や心筋梗塞の発症、あるいはその基礎となる動脈硬化の進展において血小板が病因論的に重要な働きをしていることは広く認められており、実際に血小板機能抑制剤が血栓症の予防の目的で日常臨床に使用されている。しかし血小板の機能を評価する手段としての凝集能測定法はその煩雑さから一般に推奨できるものとなっていない。本研究ではこれを臨床的に行う立場から簡便かつ再現性のある方法を求めて装置の開発を行ったものである。

2.血小板凝集とその測定法

 いわゆるアグリゴメーターではクエン酸血を150Gで5分間遠沈し、得られた上清(platelet-rich plasma, PRP)を測定試料とする。37℃で攪拌しつつ凝集惹起剤を加え、その透光度の変化を記録する。凝集は透光度の増加として記録される。
この方法では乳び血清や赤血球の混入がデータそのものに強い影響を与える。これらの点から全血がよりすぐれた試料ではないかという考えが生まれる。全血を用いる血小板凝集測定法として現在行われているものにインピーダンス法があるが、再現性の点で問題が多く、実用性に乏しい。一方、Swankら1)によって考案されたScreen Filtration Pressure(SFP)法は液体中に存在する粒子を細かいフィルターで検出するというきわめて簡単な原理に基づいている。シリンジを用いて血液試料を一定の速度でスクリーン・メッシュ(20x20μm開孔)を通過させ、目詰まりによって生じた圧の上昇をレコーダーで記録するというものであった。しかしこれは操作が煩雑で必要な血液量も多く、臨床的に広く用いられるには至らなかった。

3.SFP法のマイクロ化と簡便化

 そこでわれわれはこれを小型化、簡易化する目的で、赤血球変形能測定用に開発したニッケルメッシュ2)と同じ手法(フォトエッチング)で金属メッシュを作製することにした。デザインは直径5mmの円盤(厚さ12μm)で、中央の直径1mmの範囲に20×20μmの角孔が20μm間隔で格子状に300個穿たれている。孔の形、サイズ、配列、数が一定になったこと、縁の部分があるために試料の洩れを防ぐことが容易になったこと、などは必要血液量の少なさにつながる利点でもある。 このメッシュを注射針の形をしたチップに組み込んだ。これをシリンジに接続して使用する。本来であればここに血液を満たして押し出すことになるが、シリンジ側への血液の汚染を防ぐこと、操作が1回で終了することを目的に血液試料をこのメッシュを通じて吸引し、陰圧を測定することにした。
吸引のメカニズムは次の通りである。Hamilton社のマイクロシリンジ(1ml)をモーターで操作して3秒間で0.2mlを吸い込む。メッシュを装着したチップとシリンジの間に側管をつけ、ディジタル表示(LED)付きの圧力計(サンクス社製DP-20)を配置した。12V電源でモーターと圧力計を駆動するが、更に圧力出力端子をつけ、圧変化を記録できるようにした。
全血中の凝集反応は一定条件の攪拌ができればよいので、多本架け(12本用)のキュベット攪拌装置(37℃)を使用している。本報告の実験では内径8mmのシリコン処理済み平底キュベットとテフロンコートしたマグネットチップ(直径4mm、長さ7mm)を用い、回転数は500rpmとした。

4.測定条件の設定

 PRP中の血小板凝集塊をこのメッシュで吸引したところ、 ADPで不可逆的な凝集(二次凝集)を起こした場合はほぼ完全な目詰まりを起こし、最終圧-240~250mmHgを得た。つまり赤血球の存在なしでも凝集が完全であれば検出可能であることがわかった。全血中の凝集塊も同じようにトラップされ、赤血球は自由にこのフィルターを通過する。後述するように高ヘマトクリット値はベースラインを上昇させるが二次凝集閾値の検出には影響しない。なお、最大に至るまでの中程度の凝集塊、あるいは解離しかけた凝集塊もより弱い陰圧という形でとらえられる。
標準的な条件として全血0.4mlにADP最終濃度0.5、1、2、4、8、16μMを加え、凝集を観察した。4分間の攪拌ののち、それぞれ試料における血小板の二次凝集の有無を判定することにした。この範囲を超えるより凝集度の高いもの、あるいは低いものには濃度範囲を拡張して対応する。図の例では2μMでは非常に弱い陰圧が生じ、4μMでは最高値となった。すなわち二次凝集の閥値は4μMであることがわかった。なお、1μMのサンプルに見られる圧変化において、最初のノッチは血液がフィルターに達したことをあらわし、やや下がってからの平坦な部分は血液の粘度(多くの場合ヘマトクリットに依存する)を反映する。最初のノッチに続いて圧は急速にピークに達するので3秒目の吸引終了時(矢印)の圧を凝集の指標としてプロットする3)。

二次凝集を起こすADPの閾値濃度を用いた凝集能のグレーディングの判定

凝集能のグレーディングの判定には二次凝集を起こすADPの閾値濃度を用いるという方法がすでに一般化しているため、ここでもADPの濃度を指数関数的に段階付けた。反応はall or noneの形にならず、実際には急峻ではあるがS字状の曲線となった。これにより透光度を経時的に記録するという手間が省けることになり、結果の解釈も簡易なものとなった。

 

5.考察

 われわれがここでSwankのSFP法をあらためて取り上げ、その簡略化を図ったのは、次の理由による。第一に抗血小板療法の使用に際して薬品の抗血小板作用をin vitroでモニターし、薬用量の検討に役立てることは当然と考えられるが、現在それが現実のものになっていないと考えられるからである。第二は血小板の凝集が真に血栓性疾患の危険因子、あるいは直接の発症の引き金になるとしたら、(少なくともADPに対する感受性からみて)凝集能に非常に大きな個人差が存在することにもう少し注意が向けられてよいのではないかと思われる点である。
本法の原理は単に全血という混濁した細胞サスペンジョンの中に存在する大きな「塊」を物理的に検出するという至極単純なものである。開発の段階ではADPによる二次凝集を題材にしてきたが、定量性があり、きわめて短時間で凝集塊の検出が可能であるということ、それに必要血液量が(現段階では)1検体0.4mlという少量であることはフィールドでの検査への応用の可能性を示すものであり、さらに装置の小型化、簡略化を検討している。

6.まとめ

 本研究では血中の血小板凝集塊を簡単な方法で検出することに焦点を絞り、SwankのSFP法を簡略化・実用化することを試みた。原理的にきわめてわかりやすいことは臨床検査法としてもインフォームド・コンセントを得る上でも有用であると思われる。

参考文献

1) Swank RL and Davis E. Blood cell aggregation and screen filtration pressure. Circulation 1966, 33:617-624
2) 上坂伸宏、大西忠博、賀羽常道、塩栄夫.ニッケルメッシュフィルターを用いた新しい重力式赤血球変形能測定システム日本バイレオ誌、1997, 11: 15-21
3) 塩栄夫.全血を用いる血小板凝集測定システムについて日本バイレオ誌、1998, 65-73


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