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研究所報2002

PETによる脳機能画像の臨床応用に関する研究
PETにより評価した脳循環動態に基づく 山内浩・岡沢秀彦・杉本幹治
脳主幹動脈閉塞症の治療方針の決定に関する研究 高橋昌章・岸辺喜彦

1.はじめに

 脳主幹動脈(内頸あるいは中大脳動脈)閉塞症には,現在の内科的治療下で,年間5-7%の脳梗塞が起こる。外科的治療(バイパス手術)の脳梗塞再発予防効果は,国際共同研究の結果,1985年,脳主幹動脈閉塞症すべてを対象とした場合には否定された。現在,脳梗塞再発予防のための有効な治療法は確立されていない。

2.Misery perfusionと脳梗塞再発との関係

 近年,脳循環の測定法の進歩により,脳主幹動脈閉塞症における脳梗塞の発生における,脳循環障害の重要性が明らかになってきた。 脳主幹動脈閉塞症において,PET検査上,血流供給が酸素代謝に比べて減少し,酸素摂取率(oxygen extraction fraction; OEF)が上昇した状態はmisery perfusion と呼ばれ,理論上さらに潅流圧が低下した時に虚血性変化が生じる危険性が高い。これが正しいなら,misery perfusionを呈する患者を選び出し適切な治療を行うことが,脳梗塞再発予防に重要である。 そこで,症候性脳主幹動脈閉塞症患者40例をPETを用いて評価し,患側大脳皮質OEFの値によりOEF上昇群とOEF正常群に分類し,脳梗塞再発頻度を比較検討した。全例内科的治療で脳血管障害の再発又は死亡まで5年間経過観察した.全脳梗塞発生頻度は,OEF上昇群7名中5名(71%),および正常群33 名中6名(18%)であり,患側脳梗塞発生頻度は,OEF上昇群7名中4名(57%),及び正常群 33 名中5名(15%)であった(図1).生存曲線分析を行うと,OEF上昇群では再発頻度は有意に高かった(全脳梗塞p=0.0002,患側脳梗塞p=0.0018)(図2)。OEF上昇群の再発は全て1年以内であり,OEF上昇と再発との強い関連を示唆した。多変量解析により,OEF上昇が独立した予後因子と判明し,相対危険度は,全脳梗塞再発に関し7.2(95%信頼区間,2.0 - 25.5),患側脳梗塞再発に関し6.4(1.6 - 26.1)であった。以上より,脳循環障害が著明なために脳梗塞再発の危険性が高い患者群が確かに存在し,OEF上昇の検出により選別できることが明らかになった1).さらに,PETを用いて脳主幹動脈閉塞症患者の脳循環代謝を経過観察することにより,初回misery perfusionを呈していなかった患者でmisery perfusionを呈するようになった患者では脳梗塞再発の危険性が高まることも明らかになり,misery perfusionと脳梗塞再発との関連が支持された2)。

図1.Misery perfusion を呈し,脳梗塞を再発した右内頚動脈狭窄症例

図1.Misery perfusion を呈し,脳梗塞を再発した右内頚動脈狭窄症例.再発前の酸素摂取率の局所増加領域(赤矢印)と脳梗塞再発領域(青矢印)とが一致し,Misery perfusion を呈する領域で脳梗塞再発の危険性が高い事を示唆する.

図2.酸素摂取率増加群および正常群のKaplan-Meier 曲線(病変血管と同側の脳梗塞).

図2.酸素摂取率増加群および正常群のKaplan-Meier 曲線(病変血管と同側の脳梗塞).
死亡は脱落として取り扱っている.
図の下の数字は,12カ月毎の,脳梗塞再発および死亡がなく,経過観察可能な患者数を示す.

3.Misery perfusion の治療

 以上より,脳主幹動脈閉塞症患者の脳梗塞再発予防には,misery perfusionを呈する患者を選び出し適切な治療を行うことが重要であると考えられる。バイパス手術は,misery perfusionを呈する患者に施行した場合,脳血流を増加しmisery perfusionを改善する(図3)。有効な内科的治療法がない現在,misery perfusionを呈する患者を対象とし,バイパス手術の有効性を検討する randamized study が必要である。(米国ではPET上酸素摂取率を認める患者を対象としたrandamized study が進行中である。)

バイパス手術:misery perfusionの改善
図3.バイパス手術:misery perfusionの改善

4.PET を用いなくてもMisery perfusion は検出できるか?

 多施設でrandamized studyを行うためには,一般臨床の場で汎用されているシングルフォトンCT(SPECT)によりmisery perfusionを検出できれば理想的である。SPECTでは,脳血流画像は容易にえられるが脳代謝画像はえられないため,脳血流低下を検出しても,それがmisery perfusionなのか,脳機能低下により脳組織の需要が低下し二次的に血流が低下したのかを直接区別することはできない。酸素摂取率の上昇した領域は,灌流圧低下を代償するため脳血管は最大限に拡張していると推察される。そこで,脳血流量が低下した領域で,アセタゾラミドやCO2などの脳血管拡張刺激による血流増加反応の低下を検出し,misery perfusionを推定しようと試みられている。しかし,われわれが,PETとアセタゾラミドを用いて検討した結果では,アセタゾラミドによる血流増加反応を指標としたmisery perfusionの検出精度は十分には高くはなく,正確な診断にはやはりPETが必須であると思われた(図4)3)。しかし,アセタゾラミドによる血流増加反応は,misery perfusion検出の感度は高く, misery perfusion検出のスクリーニングテストとしては使用可能であると思われた。

図4.脳主幹動脈閉塞症患者18例のAcetazolamide負荷血流増加率(横軸)と酸素摂取率(縦軸)の関係

図4.脳主幹動脈閉塞症患者18例のAcetazolamide負荷血流増加率(横軸)と酸素摂取率(縦軸)の関係.赤丸は,負荷前血流量の病側半球皮質平均値が,健常者の95%信頼区間下限値以下の血流低下群,青丸は正常群.18例中,酸素摂取率が健常者の95%信頼区間上限値以上に増加した例は2例のみである.血流増加率が健常者の95%信頼区間下限値以下という基準で選別すると,酸素摂取率が増加した2例を含む5例が異常と判定された.血流増加率のみでは酸素摂取率が増加した2例を正しく診断できず,血流低下という条件を加えかつ血流増加率が0%ではじめて診断可能であった.

 

5.おわりに

 PETを用いれば,脳循環障害が著明なために脳梗塞発生の危険性が高い患者(misery perfusionを呈する患者)を正確に選別できる。バイパス手術の効果はmisery perfusionを呈する患者においてのみ期待されるため,手術は misery perfusionを呈する患者に限定するべきである。その結果,必要な患者に有効な手術をする事で患者の予後を改善するとともに,必要でない患者への無駄な手術を減らすことができ,医療経済効果も得られる可能性がある。

参考文献

1) Yamauchi H, Fukuyama H, Nagahama Y, et al: Significance of increased oxygen extraction fraction in 5-year prognosis of major cerebral arterial occlusive diseases. J Nucl Med, 40:1992-1998, 1999.
2) Yamauchi H, Fukuyama H, Nagahama Y, et al: Long-term Changes of Hemodynamics and Metabolism after Carotid Artery Occlusion. Neurology, 54:2095-2102, 2000.
3) Yamauchi H, Okazawa H, Kishibe Y, Sugimoto K, Takahashi M. Reduced blood flow response to acetazolamide reflects pre-existing vasodilation and decreased oxygen metabolism in major cerebral arterial occlusive disease. Eur J Nucl Med 2002 ;29:1349-1356.


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