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滋賀県は近代砂防発祥の地!

「土砂災害防止『全国の集い』in滋賀」が開催されました

近年多発する土砂災害の要因を学び、これからの砂防のあり方を考える全国大会「第44回土砂災害防止『全国の集い』in滋賀」が11日、大津市のびわ湖ホールで開催された。

会場には、県内外からおよそ960人が参加し、基調講演では、筑波大学人文社会系准教授の渡部圭一氏が『「砂」と暮らした地域の歴史に学ぶ』と題して講演を行い、滋賀の砂防の歴史や近年の気象変動による災害の変化について説明した。

その後、行政、学識経験者、地元関係者らが北海道大学客員教授の松本浩司氏のコーディネートのもと、『近代砂防発祥の地 滋賀からの警鐘 ~田上砂防150年の歴史と変わりゆく土砂災害の要因~』をテーマにパネルディスカッションを繰り広げた。

会場に集まった参加者らは、頷きながらメモを取るなど、近年の気候変動に順応して変わっていくべき未来の砂防のあり方について考えていた。

『近代砂防発祥の地滋賀からの警鐘』~田上山砂防150年の歴史、変わりゆく土砂災害の要因~
令和8年度(第44回)土砂災害防止「全国の集い」in滋賀の看板
会場、ステージの様子。スクリーンには令和8年(第44回)土砂災害防止『全国の集い』と表示されている。

基調講演:『砂』と暮らした地域の歴史に学ぶ

会場スクリーンの写真。基調講演『「砂」と暮らした地域の歴史に学ぶ』渡部圭一(筑波大学人文社会系准教授)

筑波大学准教授の渡部圭一氏は「『砂』と暮らした地域の歴史に学ぶ」という講演の中で、江戸時代以来、滋賀県ははげ山であったという記述があることを示し、滋賀県での砂と人との関わりについて説明した。

滋賀県は行政による近代砂防の発祥の地である一方、地元の人々も山から石を採掘する際に土砂を出さないよう契約書に記すなど、土砂災害を防ぐために砂の流出を防ぐ必要性を認識し、在来の砂防を行っていた。

パネルディスカッション:『近代砂防発祥の地 滋賀からの警鐘』

会場内満席の客席の写真

パネルディスカッションでは、近年の土砂災害の新たな原因について説明があった。

気候変動の降雪量減少に伴う影響で雪が少なくなっていることが理由と思われるシカの生息数の増加により、伊吹山では全国で初めてシカの食害による植生衰退が原因となる土砂流出が起きた。

また、砂防の成果や小学生の卒業記念植樹などにより緑地が回復していた田上山では、同じく気候変動による降雨量の減少で林野火災が短期間に繰り返し発生している。

滋賀県は古くは奈良・平安時代から都や寺院の建築のための乱伐が県内各地の山林荒廃を招き、近畿でも有数のはげ山となった。

樹木のないはげ山では雨が降るたびに土砂流出が起き、天井川が形成された。

天井川とは、土砂が堆積して川底が上昇し洪水の危険が高まるため、さらに堤防を高く積み上げることで川底が周囲の土地よりも高くなった川のことである。

天井川が多い地域というのは、それだけ土砂災害の多い土地であったことを示すが、それでも人々は住み続けたいと願った土地であったという言葉が印象的であった。

 

締めには土砂災害を防ぐためには、「つながり」が必要であると全員が語った。

人と人、広域の連携、未来への継承などが重要である。

土砂災害とはどんなものかを皆が知っておくことが大切であるとも語られた。

 

台風や豪雨が発生しやすい時期、土砂災害の防止についてはもちろん、災害が起こったとき、起こりそうなときにはどのように行動するのか考えるきっかけとなった。

ホワイエのパネル展示と観光パンフレットの配布ブースの様子

会場では、観光政策局が県内の観光パンフレットを配布するブースを設置した。

ホワイエで行われていたパネル展示を見にきた参加者に対してパンフレットを手渡し、オランダ堰堤や鎧堰堤の場所をマップで案内することも行った。

 

翌12日には現地研修会も企画され、希望者が、アクア琵琶(大津市)やオランダ堰堤(大津市)を半日で回るコースと、百瀬川天井川切り下げ事業地(高島市)や伊吹山(米原市)を一日かけて回るコースに出かけたという。

現地研修会の様子

滋賀県の砂防・・・

滋賀県は近代砂防発祥の地といわれている。

1873年(明治6年)に「淀川水源防砂法(淀川水源防砂法八則)」が五畿内および三重県で発布され、淀川の上流にあたる瀬田川流域でも砂防工事が行われることになった。

同じ頃、オランダから来日したヨハネス・デ・レーケの技術指導のもと、1874年(明治7年)に淀川改修計画が策定された。

これが日本の近代砂防の始まりであり、この年は田上山砂防元年とされている。

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観光文化スポーツ部 観光政策局
電話番号:077-528-3741