琵琶湖の西側を南北約80キロにわたってつなぐロングトレイル「高島トレイル」。ブナ林や稜線からの絶景など、四季折々の自然を楽しめる滋賀県を代表する山岳ルートとして、多くの登山者に親しまれています。
その一方で、登山道を安全に利用できるよう維持管理するためには、日々の地道な整備が欠かせません。なかでも高島トレイル北部の今津地域は、急峻な尾根や深い谷が連続し、長距離のアップダウンが続くことから、全線の中でも特に体力を要する区間とされています。
今回は、その今津地域の整備を担う高島岳人会の会長・前川淳さんとスタッフの三科博樹さんに、登山道整備への思いや活動の魅力についてお話を伺いました。
高島岳人会は、もともと仲間同士で山登りを楽しむグループとして始まりました。高島トレイルの整備を担っていた地元団体の高齢化をきっかけに、その活動を引き継ぐ受け皿として現在の形になったといいます。
現在の会員は約15人。そのうち実際に整備活動へ参加するメンバーは約10人ほどです。年齢層は40代から70代までと幅広く、会社員や自営業者など、それぞれ本業を持ちながら活動しています。
スタッフの三科さんは、「今津に戻ってきたタイミングで誘われたのがきっかけ」と振り返ります。山登りが好きだったこともあり、自然な流れで活動に加わりました。
整備は主に雪解け後の4月から6月にかけて実施。今津エリア全体を少なくとも年1回は点検・整備し、その後も台風や大雨の後には倒木や崩落の確認に入ります。
高島岳人会が担当する今津地域は、高島トレイルの中でも特に険しいエリアです。
整備の内容は、倒木をチェーンソーやノコギリで切り分けたり、繁茂した藪をハサミで切り開いたり、傷んだ道標を補修したりとさまざま。草刈り機を持ち込むことが難しい場所も多く、すべて人力で行われます。
一度の整備で歩く距離は7~10キロほどですが、作業をしながら進むため、7キロ進むのに7時間以上かかることもあります。草木が激しく繁茂した場所では、100メートル進むのに1時間かかることもあるそうです。
また、整備は単に木を切る作業ではありません。折れた木でも生きている部分を見極めながら、できるだけ自然を傷つけないよう作業を進めます。景観を良くするためではなく、登山者が決められたルートを安全に歩けるようにし、自然環境への負荷を減らすことが目的です。
20年近く山に関わってきた前川さんは、登山道だけでなく山そのものの変化も見続けてきました。
「昔に比べて咲く花の種類が変わった」と前川さん。シカが増えた時期には、多くの植物が食べられ、シカが口にしない毒草ばかりが目立つ場所もあったといいます。一方で近年は、そのシカ自体も減ってきたと感じているそうです。食べられる植物が減り、山の生態系が変化したことも影響しているのではないかと話します。
毎年同じ山を歩き続けるからこそ見えてくる自然の変化。登山道整備は道を守るだけでなく、高島の山の移り変わりを見守る活動でもあります。
整備中にはクマと遭遇することもあります。
前川さんによると、今津地域では「毎年会う」とのこと。実際に親子グマと20メートルほどの距離で出会ったこともあったそうです。
また、山中に設置した道標がクマにかじられることも珍しくありません。防腐剤やニスの匂いを好むのではないかと考えられており、設置したばかりの標識が短期間で傷だらけになることもあります。
こうした道標も、人力で運び、人力で設置しています。
登山者の目には当たり前のように映る案内板や目印も、こうした地道な活動によって支えられているのです。
本業を持ちながら休日を使って山に入る理由は何なのでしょうか。
三科さんは「正直しんどい時もあります。でも山を歩くこと自体が好きなんです」と話します。
整備によって荒れていた道が少しずつ歩きやすくなり、翌年にはしっかりと登山道になっている。その変化を見ることが大きなやりがいだといいます。
「去年整備した場所が、ちゃんと道になっているのを見るとうれしいんです」
前川さんも「誰かがやるべきことやと思う」と語ります。
今津地域の山は、琵琶湖と日本海の分水嶺が連なる絶景のエリア。しかしアクセスが難しく、訪れる人は決して多くありません。
それでも、「こんなに良い景色を、もっと多くの人に見てほしい」という思いが活動の原動力になっています。
SNSで活動の様子を発信すると、「ありがとうございます」というメッセージが届くこともあるそうです。
「そのためにやっているわけではないけれど、やっぱりうれしいですね」
そんな言葉に、活動を続ける喜びがにじみます。
高島岳人会の活動を支える前川さんと三科さん。その年齢差は一回り以上あります。しかし二人の関係は師弟でも上司と部下でもありません。
共通しているのは、「高島の山が好き」というシンプルな思いです。
前川さんが仲間とともに築いてきた活動に三科さんたちが加わり、その思いを受け継ぎながら今は一緒に山を守っている。世代は違っても、同じ景色を愛し、同じ道を歩いているのです。
一方で、二人が口をそろえて語ったのは担い手不足への危機感でした。
「整備をやめたら、数年で道は歩けなくなる」
登山道は自然の中にあるからこそ、人の手が入らなければすぐに藪に覆われてしまいます。今、前川さんから三科さんへと受け継がれている思いも、その先の世代へつながらなければ途切れてしまいます。
その言葉には、登山道だけでなく、高島の山を愛する思いそのものを次の世代へつないでいきたいという願いが込められていました。
誰かが歩く日のために、誰かが山を守る。前川さんたちから三科さんたちへ、そして三科さんたちの次の世代へ――。
高島トレイルの道は、登山道だけでなく、人から人へ受け継がれる思いによってもつながっているのです。