東海道と中山道の合流‧分岐点として栄え、物流・情報・文化交流の拠点となっていた「草津宿」。天保年間の記録では、当時は本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠約70軒が並んでいたという。
また、荷物を継ぎ送る問屋場には、東海道筋では品川宿・府中宿とともに荷物の重量を検査する貫目改所が併設され、多くの「ひと」や「もの」が行き交い、情報や文化の交流があった。
大名や公家が休泊のために利用したというのが本陣、本陣の利用に支障が生じた場合に利用されたのが脇本陣。一般庶民の宿泊に利用されたのが旅籠であった。
草津宿の「田中七左衛門本陣」は、現存する最大級の本陣である国指定史跡「草津宿本陣」として当時の面影を残し、いまも多くの人を江戸の次代へと誘っている。
「田中七左衛門家」は、寛永12年(1635年)に本陣職を拝命したとされ、当時の参勤交代制度のもと、大名や公家などの休泊するための施設として使用された。
明治3年(1870年)に本陣・脇本陣の名目が廃止になるまでの約240年間にわたって本陣職を勤めた。
本陣は原則として完全予約制で、1日1組の貸切で運用されていた。
本陣の当主は予約状況を早く把握し、複数の予約が重ならないよう管理することが大変であったとの記録も残る。
また、先約により予約を断る場合は、他の本陣や脇本陣へ利用者を振り分けていたという。
明治時代以降、七左衛門本陣の広大な屋敷は栗太郡役所や中央公民館として利用され、その都度増改築が行われたが、田中家によって大切に受け継がれ、昭和24年(1949年)、江戸時代の旧姿をよくとどめているとして国の史跡に指定されました。
歴史ファンのみならず、訪れる人々に、1万5千点以上の貴重な資料とともに当時の格式高い休泊の文化を語りかけている。
【草津宿本陣】
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始
観覧料:大人 240円 / 高校・大学生 180円 / 小・中学生 120円
なお、明治時代に宿場制度が廃止され、各地の本陣は役目を終えて姿を消していくなか、草津宿の本陣としてあったもう一つの本陣「田中久蔵本陣」は、草津小学校の前身である知新学校を新築・移転するため建物が取り壊され、失われてしまっている。