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滋賀に気づいた人INTERVIEW#38 西野日菜さん

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西野日菜さん

ワークショップデザイナー・心に寄り添うコーディネーター
大阪府→滋賀県


 

人と人とがつながって
暮らしが深まっていく
自分がまちの一部になっていく

暮らす場所を選ぶことは、生き方を選ぶこと。「ここで生きていきたい」と思う場所に、滋賀を選んだ人たちがいます。

今回ご紹介するのは、大阪府出身の西野さん。実家から滋賀県内の大学に通っていた西野さんは、人とのつながりを追っていくうちに、「この場所に住む」という選択肢につながったといいます。
人と人が自然とつながっていくこと、まちづくりに関わるということ、西野さんのこの場所での暮らしを伺いました。


 

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誰かと誰かをつなぐ
この場所で生きていく、西野さんの今とこれから

滋賀県南部の甲賀市や湖南市を中心に活動する西野さん。活動のメインは『場づくり』だといいます。

「自分の仕事について言葉で説明するのが難しいのですが、活動の中心となっているのは、ワークショップを主とした『対話の場づくり』です。一つのテーマについて話し合う場を企画し、”対話”を通してつながりや新しいアイデアが生まれるワークショップを企画しています」

西野さんのこれまでの企画のなかで代表的なものが、39歳以下の若者が集い、ざっくばらんに地域を語る『ワカモンラウンド』です。運営メンバーは3人、その中心的な役割を西野さんが担っています。

「この地域に引っ越してきてからいろいろな人と仲良くなったのですが、そのほとんどが35歳以上の私より大人の方ばかりでした。同世代の人と出会う機会がほとんどないなと思って、仕事や学校とは関係なく、同世代の人たちが気軽に会って話せる場を作れないかと考えたのが始まりです」

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毎回テーマを決め、それに関係するゲストを招いてのトークセッション。そのあとは参加者同士がその日感じたことを自由に語り合う。『ワカモンラウンド』の内容は至ってシンプルです。

「自主企画で始めたものが、回を重ねるうちに、「うちの会場でもやってほしい」と声をかけてもらえるようになり、開催場所が広がっていきました。今では草津市や彦根市など、県内各地で開催し、行政や企業からの依頼も増えました。毎回15人前後の参加者のうち、初参加の人が5人ほど。新しいつながりがどんどん広がる場になっています」


 

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ひと月で200人
たくさんの人と会って見つけた、自分の生きる場所

高校までは地元・枚方市で過ごし、滋賀県の大学に進学。大学在学中は地元から滋賀へ通っていたという西野さんが、滋賀の人たちと深い接点を持つようになったのは、大学の課外活動がきっかけでした。

「甲賀市で空き家を借りて1か月住み込み、そこで毎日催しを開催するという企画を考案したんです。まずは住む場所を探すため、甲賀市役所に出向いて空き家を紹介してもらいました。活動資金のためにふるさと納税を使った『ガバメントクラウドファンディング』も利用し、企画の成果報告イベントにはご協力いただいた方々を招待するなど、自治体や地域住民の方々と積極的に関わることで自然とつながりが増えていきました」

大学卒業後は彦根市の建設会社に就職し、彦根市で一人暮らしを始めます。週末には地域のイベントや催しに足を運んでいたものの、もともと大学で精力的に課外活動を行ってきた西野さんにとって、週末だけではとても時間が足りませんでした。

「仕事はとても楽しかったのですが、気づけば家と職場の往復になっていて、このままじゃダメだと感じるようになりました。でも、自分が何をしたいかをゆっくり考える時間もなくて。一度全部手放して、自分のやりたいことをじっくり考えてみようと、24歳になる1ヶ月前に退職しました。勢いだけで動いても許される、そして失敗してもすぐにやり直せる、今が最後のタイミングかなと思って(笑)」

会社を辞めた翌日から、大学時代の知人や地域活動で出会った人、イベントで知り合った人などに声をかけ、県外県内問わず「ただ会いたい人に会って話をする」ということを数ヶ月続けた西野さん。最初の1ヶ月で、延べ200人の人に会ったといいます。

「会った人の名前をノートに記し、印象に残った人やもう一度話を聞きたいと思った人がいたら、翌月もまた会いに行って。『またおいで』と言ってくれる人が増えて、行くたびにまた会いたくなって。最初は行く場所も会う人もバラバラでしたが、半年ほど続けていると不思議と甲賀市や湖南市ばかりに通うようになり、いっそのこと住んだほうが早いんじゃないかと思って」

次第に、地域のイベントに関わったりプロジェクトのメンバーに誘われたりするようになり、多い時で週3〜4回通うように。人とのつながりを追っていくうちに、この地域に住むという選択肢が現実的になったそうです。


 

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自分の存在が、地域のなかで大きな意味を持つ

「“まちづくり”は、大企業が私たちの知らないところで知らないうちに行われ、まちは知らないうちに綺麗になるもの。自分がいてもいなくても社会が変わることはないと思っていたので、地元にいるときは自分の住むまちに関心がなかったし、自分がまちづくりに関わるなんて考えたこともありませんでした。今思うと、もったいない過ごし方をしていたと思います。ここでは、ただ住むだけなのに『来てくれてありがとう』と言われて、『住んでくれてうれしい』と本気で思ってくれる人がたくさんいます。人がひとり増えるだけで、まちの雰囲気が変わるんです」

西野さんの住む地域では、貴生川駅前整備事業『貴生川エリアプラットフォーム』というプロジェクトが進行しています。

貴生川駅はJR線、信楽高原鉄道、近江鉄道の3路線が重なる地域の主要な駅。しかし、周辺は賑わいが薄れており、このままでは電車の本数も減り、ますます利用者が減ってしまう。そこで、駅の近くでお店を営んでいる人や近隣住民の方々など、その場所を使う人たちのリアルな声を集め、形にする社会実験的としての意味合いも兼ねたプロジェクトが発足。西野さんは、引っ越してきてすぐにこのプロジェクトの主要メンバーとなりました。

「引っ越してきたばっかりの、何ら専門的な知識を持っていない私のような人がまちづくりに関わることができるなんて、都会では決して見られない光景。まちにとって、一人一人の存在感が大きいからこそできることです。自分が関わった企画がまちの中で活かされ、自分の住むまちが良くなっていくことに貢献して、さらに仕事としてお金をもらって活動できていることが、すごく『このまちで暮らしてる』って感じがするんです」

地域の人と関わりが深まることで、自分がまちの一部になっていく実感があるといいます。
ただ一つ、ここで暮らすことについての一つデメリットを挙げるとすれば、「どこに行っても知り合いに会うこと」だといいます。

「『今日はもう誰とも会わないし〜』と部屋着でまちをウロウロしているとダメですね。誰かしらに『こないだここにいたでしょ』って言われてしまうので(笑)まちの人みんながお母さんみたいなんです。『もう、たまには放っておいてよ!』って言いたくなるような、お節介だけど、それが心地よくもあるような。温かいまちの感じが、とても好きです」

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また西野さんは、自身の趣味であるバイオリンを通じても、まちとの関わりを深めています。

「4歳からバイオリンをやっていて、大人になっても趣味としてときどき弾いていたんです。たまたま人に話したら『今度集まるときにバイオリンを持ってきてよ』と言われて。仲間内の気軽な集まりで弾かせてもらったら、その場にいたカフェのオーナーさんが『うちのお店で弾いてくれない?』って。以来、ちょこちょこお声掛けいただいて、地域のイベントや施設などで演奏しています。難しいクラシックの曲ではなく、みんなが知っているアニメの曲や流行の曲を中心に演奏するので、小さなお子さんからお年寄りまで楽しんでいただけています」


 

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誰かと誰かをつなぐ
この場所で生きていく、西野さんの今とこれから

最近では、「誰に聞けばいいかわからないから、とりあえず西野さんに相談しました」と声がかかることが多くなったそう。イベントをしたい人、まちづくりに関わりたい人、やりたいことがあるけれど最初の一歩をどう踏み出せばいいかわからない人、そんな人たちが西野さんのもとに集まります。

「このまちでは、誰かが何かを始めると自然と人が集まります。お互いが顔を知っているから、『あの人がやっているから行ってみよう』と、人の輪がどんどん広がっていくのを感じます。自分がその中の一人として関われていることがうれしいですね。誰かの挑戦がきっかけで、人が人を呼び、新しい出会いが生まれ、それがまた別の人をつなぐ。そうして少しずつまちが変わっていくなかで、自分もまた誰かと誰かを繋ぐという役割を果たしていけたらと思っています」

滋賀に移住する前から、人とのつながりを追いかけてきた西野さん。今、この場所に確かな居場所を見つけています。

「一度は会社に所属して働いていくという道を選びましたが、人とのつながりを追ううちに、地域に深く関わりながら自分で仕事を作っていくという今の生き方こそ私らしいと気づきました。ここには、無限の可能性が広がっていて、やりたいと思うことにチャレンジできる土壌があります。自分らしく働きたい、と思っている方にとって、一人一人の存在が大きな意味を持ち、人と人をつなぎ、まちを変えていける環境が、ここにはあると感じています」


 

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