宇田秀生 - しがスポーツSTORY2

#009 パラトライアスロン宇田秀生選手

写真:お子様を抱く宇田選手の様子

パラトライアスロンがもう一度与えてくれたスポーツの歓び、かけがえのない仲間との出会い滋賀のさまざまなスポーツシーンを紹介する「しがスポーツSTORY」。
第9回目は、パラトライアスロンの選手として世界ランキング1位にも輝き、現在は「しがスポーツ大使」を務めながら2020年東京パラリンピックへの出場を目指す宇田秀生選手にお話を伺いました。

2018年7月「しがスポーツ大使」に就任

写真:委嘱状を三日月大造・滋賀県知事から受ける宇田選手

2018年7月13日、滋賀県庁で「しがスポーツ大使」の就任式が開催されました。三日月大造 滋賀県知事から委嘱状を受けとった宇田秀生選手は「たいへん嬉しく思う反面、身の引き締まる思いです。これまで以上に滋賀の魅力、スポーツの魅力を発信していきます。選手としても結果を出せるように日々のトレーニングに取り組みます」と目を輝かせました。

大学まではサッカー一筋、高校生のときは滋賀県代表にも

宇田選手は小学一年生からサッカーを始め、高校時代には滋賀県代表として選抜されました。同学年には現在、モンテディオ山形で活躍する野洲高出身の楠神選手がおり、日本代表の乾選手(リーガ・エスパニョーラ レアル・ベティス)は一学年下でしたが県代表として一緒にプレイしたこともあります。

2013年5月、仕事中に事故に遭い、右腕を失いました。

写真:事故当時、宇田選手と奥様

生死をさまようほどの出来事が起こったのは結婚して5日目のことだったそうです。

リハビリの水泳をきっかけにパラトライアスロンにチャレンジ

子どものころからうみ(琵琶湖)や川で遊ぶことが大好きだった宇田選手は、リハビリのひとつとしてパラ水泳チームに所属し定期的な練習を始めました。「人間の身体はよくできていて、思ったよりすぐに泳げるようになりました」。しばらくするとチームのメンバーから「走れるし、泳げるなら、あとは自転車だけ」とトライアスロンへの挑戦を薦められます。ちょうどリオパラリンピックで正式種目になった頃のことです。
「スイムはリハビリでなんとか。サッカー選手でしたからもともと長距離を走るのは得意でしたし、高校のときは自転車通学をしていましたのでバイクも慣れれば大丈夫」と出場を決めます。
まずトライアスロンという競技の勉強を兼ねて、2014年の秋に開催された琵琶湖トライアスロンin近江八幡(翌年に第1回開催)の練習会にランで参加しました。「このうえスイムとバイクで競い合うなんて」と過酷な印象を受けた一方、楽しさを感じ「レースに出てみたい」思うようになったそうです。

写真:宇田選手の支えとなるご家族

右腕を失って1年後にはトライアスロンを始めたという立ち直りの早さ、メンタルの強さこそ宇田選手の強みかもしれません。「でも私の家内のほうがずっとポジティブで、ケガしたときも“なんとかなるよ”ってどんとかまえていてくれて。それが大きな力になりました」。日頃から一番近いところで宇田選手を支える奥様への厚い感謝の気持ちを感じ取ることができました。

レースデビューは第1回びわ湖トライアスロンin 近江八幡

その後はランを基本に、毎日地道な練習に取り組みました。「練習は基本的に一人でやっています。きれいなびわ湖を眺めながら走ると、気持ちもリラックスすることができます」。

写真:お子さまとご一緒のゴール

そして翌2015年6月に開催された第1 回びわ湖トライアスロンin近江八幡でデビューを果たします。左手でブレーキや変速を操作できる自転車が届いたのは大会2週間前のこと。「慣れるのが精いっぱい」という状況でしたが、パラ部門2位、総合40位台という結果を残すことができました。「死ぬほど辛かった。しかし、この過酷なスポーツにつかまってしまいました」。
パラトライアスロンの指導者から「二か月後にフィリピンで開催されるアジア選手権に出てみませんか」と声をかけられたのは、やり遂げた歓びを味わっているときのことでした。宇田選手は迷いなく参加を表明しました。

みんなを驚かせたい!をパワーの源に、滋賀県から世界へ

写真:アジア大会で表彰台に上る宇田選手

世界大会までの二か月間は、シューズとペダルをロックするビンディングに慣れるため、自転車を中心に練習を行いました。そしていよいよフィリピンへ。宇田選手はなんと初の世界大会で優勝を成し遂げたのです。
この大会を境に、トライアスロンの本格的な指導を受けるようになり、世界各国で開催されるワールドシリーズへの参戦がスタートしました。
翌2017年の7月には世界ランキング1位(2018年7月現在は4位)という日本人選手初の快挙を達成します。「しかし、友人でもあるスペイン人のパロメロ選手をはじめ、追い越したい選手がまだまだたくさん」。世界のトップクラスで活躍している選手と互角以上の実力を身につけたいと話しました。そして目下の目標は「2020東京パラリンピックでメダルを獲得すること」と語りました。

競技種目やフィールドを超えてスポーツの歓びを広げる「しがスポーツ大使」として

写真:海外トライアスロンの仲間たち

「国内はもちろん、いろんな国でいろんな選手と出会えることはすごく幸せなことだと思っています。障がいを負ってから出会う人が倍になりましたし、自分が健常者の立場だったときにはわからなった障がい者の気持ちや生活を知ることができました。どちらにも仲間がいる僕は、きっと得していると思っています」と宇田選手の言葉はどこまでもポジティブです。「競い合いながら支え合うこともパラスポーツの魅力」と語る宇田選手。勝ち負けではないスポーツの原点を体現する立場として、また障がいの有無を問わずスポーツの交歓を拡げていける立場として、宇田選手に寄せられる期待はトライアスロンにとどまることなく今後さらに多く広がりそうです。

プロフィール

写真:取材を受ける宇田選手

生年月日:1987年4月6日出身地:滋賀県甲賀市出身校:水口高等学校~関西外国語大学所属:滋賀県トライアスロン協会趣味:BBQ

主な経歴

  • 2015年 第一回びわ湖トライアスロンin近江八幡でレースデビューアジア選手権優勝
  • 2017年 アジア選手権優勝、世界選手権4位
  • 2018年 ワールドカップ(イタリア)3位「しがスポーツ大使」に就任、クラスPTS4(四肢欠損 等)
  • 世界ランキング4位(ITU Paratriathlon Points List 2018年7月24日現在)

お問い合わせ

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FAX番号:077-528-4841
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