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貸し出しについて

■貸し出し資料■

1.千人針

腹巻きくらいの白い布に、千人の女性が赤い糸で一個ずつ合計千の結び目をつけたもの。これを身体に巻いていると弾が当たらないといわれた。 戦地に向かう兵士のために、街頭で千人針を道行く人々にお願いする姿が多く見られた。四銭(シセン:死線)や九銭(クセン:苦戦)を越えると言われたことから、五銭や十銭銅貨を縫い込んだりしたものもある。



2.臨時召集令状(複製)

軍隊に入るようにという命令を「召集」という。役場を通して本人か家族に召集令状が配達された。召集令状がくると、入隊することを拒むことはできなかった。薄い赤っぽい色をしていたので「赤紙」と呼ばれた。




3.出征たすき

軍隊に召集され、戦地に行く際に、これを肩にかけ見送られた。




4.防空頭巾

空襲や爆撃による火の粉や爆弾の破片から頭を守るための、綿が入った布の「帽子」。

戦時中は、学校に行くなど外に出る時には欠かせないものだった。




5.配給切符

戦争が長引くと、食糧、衣料、燃料などの日用品が不足するようになった。これらの日用品は自由に売買することができなくなり、決められた数量だけが配給されるようになり、切符がないと買えなかった。




6.慰問袋

戦地の兵士を励ますために、日用品や娯楽品、手紙などを袋に入れて送った。婦人会や学校など、至る所でこの慰問袋を送ることが奨励された。




7.鉄かぶと

空襲や爆撃から頭部をまもるための鋼鉄製の帽子。ヘルメット。

資料は、陸軍兵士が着用していたもの。




8.ゲートル

足をまもるために足に巻く帯状の布。戦場では応急処置の包帯がわり、骨折した手足をしばるヒモがわりにもなった。

戦時中は女性のモンペとともに、男性はゲートルを巻くのが好ましいとされた。資料は、陸軍兵士が使用していたもの。




9.国防婦人会たすき

国防婦人会は、戦地に赴く男性に対して、国民生活を支える女性の組織。例えば、それぞれの地域の兵隊さんの見送りや戦死者の遺骨の出迎え、慰問、国防献金などの活動をした。

活動の時には、このたすきと白い割烹着をつけていた。

昭和17年以降、20歳以上の女性は強制的に加入させられるようになった。




10.いなご採り袋

戦時中は、食糧不足で、いなごも食べてたんぱく源にしていた。袋の口に竹筒を取り付け、そこからいなごを入れた。




11.雑誌 「週刊少国民」の表紙(ラミネート版)

昭和16年、尋常小学校(当時の小学校の呼び名)の呼称が国民学校にかわると、子どもたちは児童ではなく「少国民」と呼ばれるようになった。小さくても立派な国民で、戦争に協力しなければならないという意味が込められていた。

子ども向けの「少国民新聞」、「週刊少国民」といった新聞・雑誌が発行された。




12.カルタ 「戦ふ日本カルタ」(ラミネート版)

戦時色が強くうかがえる当時の子どもたちのおもちゃ。




13.双六 「大東亜共栄圏めぐり」(ラミネート版)

戦時色が強くうかがえる当時の子どもたちのおもちゃ。


県民の戦争体験冊子「戦争なんか大キライ」県民の戦争体験冊子「戦争なんか大キライ」

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