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コラム(2)外国人観光客を誘致せよ Part2

滋賀県内の旅館事情と琵琶湖ホテル

大正年間に滋賀の美しい風景に着目し、世界の観光地にしていこうとする取り組みが始動しますが、滋賀が世界の観光地となるために課題となったのが、外国人をもてなす宿泊施設の整備です。そこで今回は、当時の宿泊施設はどのような状況だったのか、大正から昭和初期の滋賀県の旅館事情と外国人誘致のためにつくられた琵琶湖ホテルの建設について紹介したいと思います。

明治・大正の滋賀の名旅館

大正元年刊行の『滋賀県がいどぶっく2.』には、滋賀の有名な旅館がいくつか紹介されています。なかでも石山の瀬田川西岸にあった柳屋は、鯉・鮒をはじめとする湖魚料理が美味と評判の旅館兼料理屋で、その名は京阪神地域にも知られていました。他にも「当世第一流ノ料理兼旅館」といわれた大津の竹清楼や鮒寿司・湖魚の飴煮で知られる萩の家旅館など、大津・石山には郷土のおいしい料理をふるまう料理屋兼旅館があり、国内観光客をもてなしていました。
しかし、これらの旅館について、Part1で紹介した本多静六は「外来観光客ニ対スル宿泊設備ノ如キハ決シテ満足ナル現況ヲ有セザルガ如シ」と極めて辛辣な評価を下しています【大て11(3-2)】。国内では高評価を受けていたわけですが、外国人観光という視点でみれば不合格というわけです。ではなぜ滋賀の旅館は本多からこのような評価を受けてしまったのでしょうか。理由は日本と西洋との旅館サービスに関する感覚の違いにありました。柳屋をはじめとする滋賀の名旅館は、料理のうまさで知られていたように料理屋と旅館を兼業するスタイルが一般的でした。ところが本多は、西洋人は旅館以外の場所で食事をとることが多いので、宿泊代と料理代とを別に徴収する「欧州式旅館」に倣うようにと提言しています。当時の日本旅館のセールスポイントといえる料理の提供が、西洋人の宿泊スタイルにはそぐわないというわけです。
本多が批判した理由はもう一点あります。本多は大津・石山の旅館には「外国人向旅館」として「欧米人ノ風俗習慣ニ適応セル設備」がないと述べています。せめて、1.部屋の施錠ができるようにすること、2.室内に洗面所を置き洗面や髭そりができるようにすること、3.洋式便所を設置することを提言しています。現代において1.~3.の設備がないと分かったら日本人でも宿泊をためらうでしょうが、当時はそれらがなくて当たり前だったのです。

琵琶湖ホテルの建設

昭和7年(1932年)、県は大津・石山地域で「一流」と言われた紅葉館・柳屋・三日月楼の外国人観光客数(昭和4~6年の平均)を調査します【昭て12(5-5)】。結果は紅葉館が34.6人、柳屋が1.6人、三日月楼が2.6人でした。県はこの結果について、「外国人ノ遊覧数ニ付テハ之ヲ調査シタルモノ無之モ、相当多数ニ上レル事実アルニ不拘、宿泊人員又ハ食事人員ノ数、頗ル僅少」とみています。そしてその理由を「当地方ニ外国人向ノ設備、全然無之ニ原因スルモノト被存候、例ヘハ寝台、洋式風呂、洋式便所等ヲ設備セル旅館無キ」からだと分析しています。
かかる滋賀の旅館事情を克服すべく誕生したのが、昭和9年に竣工した琵琶湖ホテルです。昭和6年に建設事業がスタートしました。ホテルの建設概要には、「世界ノ観光客ヲ吸引スル」目的が掲げられていますが、それとともに「外客誘致ノ国策ニ呼応」するものでもあるとされています。当時の日本は第一次世界大戦(1914~18年)後の経済不況にあえいでいました。昭和3年、政府はその打開策として、西洋で経済振興策とされていた外国人観光客の誘致を国策と位置づけます。琵琶湖ホテルの建設は、滋賀に宿泊することの少ない外国人観光客の増加をはかるためであったことが分かるとともに、外国人観光客を誘致し外貨を稼ぐという国の方針に沿った事業だったのです。
外国人に宿泊してもらうためにつくられたホテルだけあって、琵琶湖ホテルの設備は充実しています。外観こそ風景との調和を考え和風の装いですが、内装は西洋風の造りで、客室にはバス・洋式便所・洗面所を完備していました【昭て9(4)】。しかも、琵琶湖ホテルは宿泊代と料理代を別に徴収するスタイルになっています(『滋賀県商工人名録』昭和14年版)。大正4年に本多が提言した「欧米人ノ風俗習慣ニ適応セル設備」と「欧州式」の料金設定は、この時に至ってようやく整備されたのです。とはいえ宿泊代は、現在の価値に換算すると一人部屋で一泊約21,000円です。本多は廉価のホテルが西洋では良いホテルだと述べていたのですが、コストパフォーマンスの面では課題を残したようです。
コラム(1)外国人観光客を誘致せよ Part1 世界の観光地として注目された滋賀の風景
【展示】近代湖国の観光ビジョン―東洋の瑞西となす―

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