移って 愛して 滋賀に暮らせば

滋賀の魅力発信コラム しがのよこがお

移って愛して滋賀に暮らせば
野田 拓真さん・藍子さん夫妻
版画家(東近江市和南町) 野田 拓真さん・藍子さん夫妻

夫婦ともに版画作家。平成23年、京都から東近江市に移り住み「野田版画工房」を開く。伝統的な染め、摺りの技術を応用した紙を使って、襖や屏風の制作を行っている。

地元の人との関わりが制作の力になる

独立を機に、一年前に永源寺近くに移住。広い空間があるというだけでなく、制作をする私たちの感覚にとっては、都会より田舎のほうがいいのではという思いもあったんです。そして、実際に来て正解でした。田舎ならではの広さからか、制作に集中でき、意欲も沸く。作家さんのネットワークもある。自ら発信しないとつながらないことが、かえって私たちのフットワークを軽くしてくれました。
地域の人々との交流も同じです。私たちが作る襖は、生活空間の中にあるもので、作品を通じて空間を作る際は、滋賀のコミュニティのように、人と関わることが重要だったんです。
滋賀の人たちは、みんな地元が好きですね。私たちが滋賀を楽しむだけではなくて、これから滋賀を楽しくすることも、考えていきたいと思っているところです。

前田 壯一郎さん
野良師(長浜市余呉町)前田 壯一郎さん

名古屋出身。滋賀県立大学入学を機に彦根市へ。卒業後農業法人を経て、2005年余呉町で独立。自らを「野良師」と称し、新たな視点で農業を表現している。

滋賀の美しい自然の中で米を作り自分を表現

県立大一期生として滋賀に来て、琵琶湖の水質や森などについて学びました。下宿は琵琶湖に近く、キツネも来るような場所。都会育ちの私には新鮮で、山登りやカヤックなど、アウトドアの遊びも覚えました。ある時モンゴルで、大自然を丸ごと使って生きる人々に敗北感を覚え、自分はどう暮らしていくのか、真剣に考えました。まず浮かんだのがお米。文化的背景も含めた農に関わろうと決めた時、目の前にあったのが滋賀という土壌だったんです。
滋賀は住みやすく、私の住む余呉は、四季の色がきれいです。アウトドアのフィールドも豊富ですし、楽しまないのはもったいない。みんな、地元の良さをわかっているのに、それを表そうとしないのも、少しもどかしいですね。自由に表現できる田舎になれば、もっと華やぐのではないでしょうか。住民としては、願わくば湖上交通の復活を。便利さだけでなく、船の文化が育つという良さもあるんです。

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飛び出し坊やは、昭和48年に東近江市の看板制作会社が八日市市(現・東近江市)から依頼を受けて制作をしたことで、誕生しました。『交通安全』という目的で作られたことや『子どもたちが親しみを感じるデザイン』という理由から、その後、県内全域の道路に設置されるようになりました。最近では、テレビ番組で取り上げられることも多いため、日本全国からインテリアとして購入したいという注文もあるほど人気も高い滋賀の名物です。県内には密集地帯もあり、日々増え続けているため誰も設置数を把握出来ていないのが現状です。滋賀から生まれた飛び出し坊やは今日も日本全国のみなさんの安全を守っています! 

キャッチコピー「母なる湖・琵琶湖。-あずかっているのは、滋賀県です。」