小谷城は標高495メートルの小谷山に築かれた城で、浅井三姉妹はここで幼少時代を過ごしました。山道をたどれば当時の石垣や江が生まれた建物の礎石などを見ることができます。
所在地/長浜市湖北町伊部
アクセス/JR北陸本線河毛駅下車河毛駅からコミュニティバス約9分、「小谷城址口」下車またはレンタサイクルで約15分
ボランティアガイドの問い合わせは、江・浅井三姉妹博覧会実行委員会事務局(0749-63-5341)へ。
小谷城跡にお越しの際は、動きやすい服装のほか、熊よけのため鈴などを持って行かれることをおすすめします。
安土城は、浅井三姉妹の伯父織田信長の居城。県立安土城考古博物館では中世の城や信長について学ぶことができますし、復元された安土城天主が展示されている信長の館もあります。八幡山城は、豊臣秀吉の甥秀次の居城で、安土城の城下町を移して成立しています。後に京極高次の居城にもなりました。
西近江路が通り水陸交通の要衝だったこの地に、織田信澄が内湖に面した大溝城を築きました。今も随所に石垣や堀の跡が残り、初が京極高次と過ごした城下町の雰囲気を味わえます。
所在地/高島市勝野
アクセス/JR湖西線近江高島駅下車 徒歩5分
大津城は初が嫁いだ京極高次の居城。関ヶ原前哨戦において高次とともに籠城し、西軍を足止めしたことが関ヶ原の合戦の勝敗を左右したといわれています。落城後、石垣や城門の一部は膳所城に移され、天守は最後まで落城しなかったため、縁起をかついで彦根城へ移されました。
坂本城は、明智光秀の居城。本能寺の変で主君・信長を討った後、山崎の合戦で敗れ坂本城も落城しましたが、安土城に次ぐ名城だったといわれています。現在、城の本丸跡とされる東南寺の前に石碑が建っており、湖岸の坂本城跡公園には光秀の像があります。
小谷城攻めで手柄をあげた秀吉は信長から浅井氏の領地を与えられ、長浜市に生涯初の城となる長浜城を築きます。現在の長浜城は、昭和58年(1983年)に長浜城歴史博物館として再興されました。
所在地/長浜市公園町10-10
アクセス/JR琵琶湖線長浜駅下車徒歩約5分
関ヶ原の合戦での東軍の勝利により、石田三成に代わり徳川四天王の一人、井伊直政が彦根に入りました。以来、彦根の地は井伊家が治めることとなり、佐和山城に代わる“新たな城”として、直政の子、直継と直孝によって彦根城が築城されました。京極高次の居城・大津城を移築したと伝わる、国宝の天守をはじめ、重要文化財の櫓が数多く現存し、400年の時を経た今でも、彦根のシンボルとして気高い雄姿を誇っています。城内にある西の丸三重櫓は、一説には、小谷城から移されたものとも伝わるもので、現在内部を公開中です。
「京極高次墓所」 (米原市徳源院所在) 長浜城歴史博物館提供
清滝寺徳源院は、京極氏初代氏信が弘安6年に創建した京極氏の菩提寺。初が嫁いだ京極高次の墓が立つ国史跡京極氏墓所があります。京極導誉ゆかりの桜で有名な庭園など見どころ満載です。伊吹山の南麓一帯に展開する京極氏の遺跡は、京極氏館跡、家臣屋敷跡、上平寺城跡、弥高寺跡と城下町跡で構成されています。このうち、城下町を除く遺跡群が国の史跡に指定されています。