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淡海の人

このコーナーでは首都圏でご活躍中の滋賀県ゆかりの人、滋賀県出身有名人にインタビューしています。

サントリーコーポレートビジネス株式会社 代表取締役社長 岡村 美孝さん

おかむら よしたかさん

  • サントリーコーポレートビジネス株式会社 代表取締役社長
  • 1950年 日野町生まれ。
  • 彦根東高等学校卒業
  • 大阪市立大学卒業
  • 1973年 サントリー株式会社入社
  • 2006年 取締役広域営業本部長に就任
  • 2009年 専務取締役首都圏営業本部長
  • 2010年より現職

◇出身地としての滋賀県~就職まで

私は日野町の生まれです。7人兄弟の末っ子でした。日野北中学校から先生に勧められ彦根東高校に進学しました。当時、年に数人程度が彦根東高校に進学しましたが、学校まで遠いので下宿をしましたが、楽しい高校生活を送りました。

昭和44年に大阪市立大学に進学しました。人生で一番楽しい時期です。1回生の時は、大学紛争で授業もままならない状況でしたが、先生が授業を続けるかどうか多数決をするというので、「私は教室にドイツ語を学びに来た。希望する学生が一人でもいれば授業を行うべきだ。」と主張しました。間違っていることは正さないといけません。勉強も頑張って、3回生で既にほとんど優を取って卒業単位を揃えました。

応援団に所属していましたので、体力や人間関係も培うことができました。大阪市立大学の大学祭の実行委員長を周囲に頼まれて引き受けました。その後の人生に役立つ様々な経験をする機会を与えてくれた出身大学には非常に感謝しています。大阪市立大学から特任教授として講義を頼まれたこともあります。

◇サントリーに就職

就職の時期になって、親戚が日立の販売店をしている関係で親近感があった日立に就職しようと思いました。その際の話ですが、人事部長との面接で、資本主義に関する「野呂−猪俣現段階論争」について議論したところ、完膚無きまでにやられました。試験に落ちたと思いましたが採用されました。大変驚いたことを覚えています。「岡村君は、正々堂々と自説を展開して、潔く引き下がった。その場で採用しようと思った。」と後から聞きました。

ある日、友人が行けなくなったサントリーの就職試験の申込書をもらったので、試しに行ってみました。サントリーの精神である「やってみなはれ」を感じ、これはおもしろい会社だと考えて就職を決めました。

◇仕事を通じて得られたもの

サントリーに入社してから一貫して営業畑です。全国一の繁華街である新宿支店長を務めた後、初代の銀座支店長に異動しました。銀座はクラブなど日本を代表する飲食街であり、全国的な影響が大きい重要な拠点として新設されました。この業界の営業は時間帯を分け、「トワイライト」・「イブニング」・「ナイト」と称して訪問するお店のタイプが異なります。1日10軒ほど得意先を廻り深夜に帰宅しますが、よく体力がもったなと思います。サントリーには年功序列ならぬ、「健康序列」という言葉があります。

その後、飲食チェーン店を担当する市場開発本部長、全国展開する大型小売店舗を担当する広域営業本部長などポストを歴任し、様々なタイプの顧客を担当しました。ウイスキーの消費は長期間低迷している状況の中、ライバル会社と競争しましたが、いつも「作り手の原点を忘れてはいけない」と考えていました。「飲用時品質」にこだわり、お客様に飲んでいただく時に最高の状態となるよう販売店に説いて廻りました。

◇滋賀県の将来像と提言

滋賀県はそこそこ恵まれていると思います。しかし、その有利なポジションに安住してはいけません。日本全体に言えることですが、「ゆでがえる」のように、知らないうちに世界から取り残されてしまいます。生き残っていくには、付加価値の高い産業を振興していくなど時代を読む戦略が必要です。近江商人は外に出て商売をし、競争の激しい東海道ではなく中山道で活躍しました。付加価値をどうやって確保するのかについて、戦略に思いを巡らせ、実行していたのですね。滋賀県人はもともと進取の精神があるのです。

滋賀県の良さは外に出てよく分かります。歴史・自然・交通の要衝など。滋賀県はこれまで第2次産業中心に発展してきましたが、第3次産業の育成、農業の高付加価値化、観光に力を入れてほしいですね。会社でもよく言うのですが、現状に甘んじ、じっとしていることは後退と同じことですから。


(平成24年11月8日 サントリーコーポレートビジネス株式会社本社にて取材) 

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