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ミュージアムトーク:「地域の文化を守る・活かす・つなぐ」

九州国立博物館5周年・滋賀県立琵琶湖文化館50周年記念

「湖の国の名宝展 最澄がつないだ近江と太宰府」関連事業

伝教大師最澄が結んだ太宰府と近江のえにし。

九州国立博物館開館5周年、滋賀県立琵琶湖文化館開館50周年にちなみ、 太宰府にある九州国立博物館の三輪館長と滋賀県の嘉田知事が、 「地域の文化を守る・活かす・つなぐ」というテーマで語り合いました。

日時:平成22年8月21日(土曜日)10時50分~11時30分
会場:九州国立博物館ミュージアムホール (九州国立博物館のホームページはこちら)
対談者:九州国立博物館館長 三輪嘉六さん、滋賀県知事 嘉田由紀子
司会:九州国立博物館保存修復室長 藤田励夫さん

九州のみなさんに“湖の国”の名宝を紹介したい

藤田

このミュージアムトークでは、地域の文化をどのようにして次の世代に引き継いでいくかというテーマについて、「守る」、「活かす」、「つなぐ」という3つの視点から考えたいと思います。
その前に、まずは今回の「湖の国の名宝展」の感想をお聞かせいただけますか。

三輪

九州には琵琶湖のような大きな湖がありませんので、今回の展示には“湖のほとりに大きく花開いた文化を、ぜひ九州の方々に紹介したい”という思いがありました。当館で開催できたことを、多くの方が喜んでくださっているのではないかと思います文化財の宝庫である滋賀県は、実は私の若いころのあこがれの地で、文化財の世界に入ったとき、まさに琵琶湖の周りが勉強の場でした。滋賀県は仏教美術を根幹にしてすべての文化が凝縮されている地域だと思います。特に、人々と自然とのつながりがあって、それが大きな文化に昇華している。そういう地域に若いころの私は感動を覚えました。個人的には、アユやモロコがうまいということも魅力ですけれども、今回の展覧会が開催できたことは私自身も喜んでいるんです。
その琵琶湖文化館は、琵琶湖や叡山の文化を集中的に扱っている滋賀県の代表的な文化施設ですが、近年の経済的な理由などから今は休館という状況に置かれていると聞いています。私たちはその琵琶湖文化館を応援していきたい。そういう気持ちが今回の展覧会の根底にあります。何しろ私たちはそこで育ちましたから。

嘉田

ありがとうございます。近江の豊かな仏教文化を紹介する絶好の機会をいただき、大変うれしく思っています。これも三輪館長さんはじめ関係のみなさまのお力添えの賜物と、深く感謝申し上げます。仏像の新たな魅力が引き出されているような、見事な演出がなされた展示に感激しました。
今回の展示の副題は「最澄がつないだ近江と太宰府」となっていますが、近江に生まれた最澄は遣唐使として唐に渡る前の一年あまりを太宰府で過ごしました。そして、仏教文化を日本にもたらし、琵琶湖のほとりにある比叡山をいわば文化の発信地としました。いにしえより深いつながりのあるこの地で近江の名宝展が開催されるということは、大変意義深いと思います。

九州国立博物館館長三輪嘉六さん。
九州国立博物館館長三輪嘉六さん
滋賀県知事 嘉田由紀子。
滋賀県知事 嘉田由紀子

人の手によって守られてきた文化財

藤田

では、地域の文化を「守る」という視点から話を進めていきたいと思います。
今回の名宝展に出品されている文化財は、比叡山延暦寺、石山寺、園城寺など大寺社で所蔵されているものだけでなく、地域の本当に小さなお堂で、びっくりするような重要文化財が地域の方々によって守られている、そういうものもたくさんあります。

三輪

そうですね。日本の文化財はどういう形で守られてきたかというと、「人の手によって守られてきた」と私は固く信じています。日本の文化財の特徴は紙や木などの有機質であるということです。滋賀県の多くの文化財もそうです。日本では7世紀から9世紀くらいのものがこの世に伝わっている。人の手によって伝えられてきたものを「伝世品」といいますが、世界で一番古くから伝わっているのは日本なんですね。エジプトや中国、ギリシャ、ローマの方が古いといわれるかもしれませんが、石造品は別として、それらの地域では土の中から出てきた「出土品」が大半です。
日本では、紙や木でできた文化財をこの世の中で人びとが守り伝えていく力があるということだと思うんですが、その最も典型的な地域が滋賀県だと思います。人の手によって守られてきたという背景には、琵琶湖のほとりで営まれてきた大小の社寺や普通の民家での暮らしの中に、例えば“自分が生活していけなくてもこの仏様を守りたい”といった人びとの温かい心があったのだと思います。

嘉田

滋賀県は全国第4位の国宝・重要文化財を保有しており、地域の人びとによって村落の中で守られてきたものが多いというのが特徴です。その背景には、仏様を守ろうという人びとの温かい心、そしてその心を活かす村落共同体の組織が強く維持されていたということがあると思います。例えば、人口10万人あたりのお寺の数は全国で一番多いというデータもあります。
そうやって住民のみなさんが文化財を次の世代に伝えようと守っていく中で、住民だけで守りきれないときには、琵琶湖文化館が重要な存在であったと思います。例えば盗難や収蔵場所で困ったときにはお預かりしたり、学芸員が地域に出かけて行って修理や保存に力を発揮したり。村落の中で文化財を守ってこられた根っこには、琵琶湖文化館が50年間で積み上げてきた大きな働きがあったのだと思います。

「湖の国の名宝展」展示品国宝「華龍」(神照寺)。

「湖の国の名宝展」展示品
国宝「華龍」(神照寺)

近江の人びとの暮らしと自然の調和、その中で文化が
受け継がれてきたことを説明する嘉田知事
(8月21日開催「湖の国の名宝展」ギャラリートークにて)

地域の文化を守ることと活用することは両輪

藤田

滋賀県の文化財は、地域住民と専門家が協力して、まさに人びとの手から手に守り継がれてきたといえると思います。そうして大切に受け継がれてきた文化財も、近年では「守る」だけではなく「活かす」ことが求められるようになってきました。

三輪

日本の文化財は、制度的には文化財保護法で守られています。戦前の文化財保護の制度は「保存」という名称のものばかりでしたが、戦後は新しい視点で考えようと、文化財保護法が見直されました。
ここで「保護」という言葉に注目していただきたいと思います。なぜ「保存」ではないのか。わざわざ「保護」という言葉を使っているのは、文化財の「保存」と「活用」という二つの意味を合わせ持っているからなんです。これまでは保存は集中的にやってきましたが、活用の面がおろそかになっていたんですね。

嘉田

地域の文化を守ることと活用することは、まさに両輪だと思います。地元に重要文化財がある、国宝がある、素晴らしい文化資産があるということを知らない人も多くなっています。いつも見ているものは、そこに在って当たり前という感覚になってしまうんですね。だから、活用のためには、まずその価値を知ることが大切な出発点だと思います。
価値を発見するという具体的な事例として、県では平成20年度から「近江水の宝」選定事業に取り組んでいます。実は滋賀県で文化の視点で活用できていないのが琵琶湖。そこで、琵琶湖(水曜日)と人との共生の文化に培われてきたのが近江の文化だという考え方を基本に、住民のみなさんの生活者目線での情報もお寄せいただきながら、県内に所在する多様な文化的資産を琵琶湖や水とのかかわりという切り口で調査し、再評価しています。今年度は選定された宝をめぐるバスツアーを実施するなど、発信にも力を入れています。
また、身のまわりの文化を、まちづくりのシンボルとして活かしている事例として、近江八幡市の八幡堀を守る活動があげられます。昭和40年代に、不法投棄の場所と成り果てて汚れてしまった堀を埋め立てようという計画が持ち上がりましたが、近江八幡青年会議所が立ち上がり、「八幡堀を埋めたら八幡の文化がなくなる。八幡堀こそ我がまちの精神だ」と、掘を埋めない運動を展開しました。当初は孤立していた運動も、市民の誇りを取り戻す事業として共感の輪を広げ、多くの人びとを動かしました。
そうした価値への気づきがあったからこそ、現在では年間300万人を超える観光客が訪れる観光資源としても活かされているのだと思います。

三輪

文化遺産をまちづくりに活用しようという取り組みは、全国各地で盛んに実践されていますね。そして、博物館もまた、活用の最前線の場であると私は考えています。単に鑑賞するだけではなく、生活が心豊かになると感じられる、何か勇気が出る、そういうことにも通じる活用が求められるようになってきています。「保存」と「活用」をあわせて考えることが、これからの文化財保護活動の原点だと思います。

嘉田

活用の拠点としての博物館の役割も大変重要だと思います。文化財の活用が重要だということで、一定の条件を満たせば重要文化財の公開手続きが簡略化される「公開承認施設」が増えつつありますが、滋賀県には公開承認施設が8館ございまして、全国第1位の数です。人びとの暮らしに身近なところで活用が図られる条件も、着実に満たされてきているのではないかと思います。

市民によって守られた八幡堀。
時代劇のロケ地としても活用されている。

市民が支え、未来へつなぐ地域文化

藤田

地域の文化を守る、活かすという視点で、地域住民と行政によって素晴らしい成果を上げている滋賀県の事例をご紹介いただきましたが、一方で地域社会の弱まりとともに、人の手で守ることが難しくなってきているという現実もあります。そうした中で、地域の文化を未来へつないでいくために、文化財のプロとしての博物館や行政がどのような役割を果たしていくべきか。「つなぐ」という視点で考えてみたいと思います。

三輪

博物館は文化をつなぐ場にしていかなければいけないと考えていますが、それは単につなぐということだけではなく、人の手によってつないでいくというあり方をめざしていきたいと思います。市民と一緒になって博物館を運営していく。私はそれを「市民と共生する博物館」と呼んでいますが、文化財の分野のすべてに通じる非常に大事なことだと思って提唱しています。
市民のみなさんが直接文化財に触れるということは現実には難しいのですが、ただ単に美しいもの、立派なものを展示しておくだけではなく、それに伴う周辺のものをみなさんに多目的に使っていただきたい。例えば、九州国立博物館のエントランスホールではファッションショーや自動車ショーもやります。そうやって市民が積極的に楽しんで博物館を活用する中で、子どもも大人も、文化に触れる機会が必ず生じてくる。そのことが、人と人をつなぐことや文化を未来へつないでいくことの支援になると思います。

嘉田

九州国立博物館は開設の準備段階から存じており、実はもっと堅いイメージの博物館かなと思っていたんです。しかし、実際に来てみて、ボランティアの方々が朝から生き生きと活動している姿、夏休みの子どもたちの学習会などの様子を拝見し、まさに三輪館長のおっしゃる「市民と共生する博物館」の姿だなと思いました。国立博物館の中では一番住民に近い博物館といえるのではないでしょうか。
私も琵琶湖博物館の開設に携わったとき、住民の資料や生活の記憶を持ち寄り、住民とともにつくる博物館にしようと考えていました。3,000人以上の住民が参加したホタルの調査をもとに展示物をつくったり、水道が入る前の民家をまるごと展示室内に移築して川や洗い場まで展示したり。住民にとっては、自分たちの当たり前の生活やちょっと前の暮らしぶりが博物館の中で大事に展示されているということで、その価値に気づき、保存・活用の動きにつながるということも出てきています。特に子どもや若い人たちには、どのように文化を未来につないでいくかということを考えてもらいたいので、そうしたきっかけを博物館の中でつくっていただければと願っています。
今回、九州国立博物館で滋賀の文化財を展示していただいている考え方の根っこは、私たちが滋賀県でめざしている方向性と非常に近いと感じており、人とともに生きていく博物館ということの意味をあらためて教えていただいたと感じています。

九州国立博物館エントランスホール
「クルマの歴史と未来展」(2007年1月)

九州国立博物館の体験型展示室「あじっぱ」にて
開催の「あじっぱ夏祭り」で活躍するボランティア

おわりに

藤田

今回、九州国立博物館で展示している琵琶湖文化館の仏教美術は、一見して質が高いとわかるものばかりです。残念ながら琵琶湖文化館は休館中で、今後の活動を模索されているところですが、九州国立博物館としてこれからどんな応援ができるか、また滋賀県として今後の展開の糸口をどのように見つけていかれるかということについてお聞かせいただけますでしょうか。

三輪

これからの協力についてですが、実は私たちが開館前から温めている企画があり、それは叡山を中心とした天台宗の文化や琵琶湖周辺の人びとの暮らしが見えるような大型の展覧会を開催したいというものです。今度はもっと本格的な形で開催し、琵琶湖の文化を九州で楽しませていただきたいと思っています。

嘉田

琵琶湖文化館は現在休館していますが、これは次へのステップだと思っています。琵琶湖文化館にはどんな宝物があるのか、活動の柱となっている仏教文化は滋賀県にとってどんなに大切なものなのか、県民にとってどんな大事な役割を担っているのかといったことを、この機会にあらためてみなさんに考えてもらいたい。
今回、九州国立博物館でこのような展示をしていただき、住民とともに守り育ててきた千年の仏教文化を発信できたことは、琵琶湖文化館の次の展開に向けてとても大きな意味があると思っています。そして、滋賀県の名宝を次世代に伝えるため、琵琶湖文化館の宝物や重要な機能を次の展開につないでいけるよう、知事として責任を持って取り組んでいくことをあらためて決意いたしました。
今回の「湖の国の名宝展」をご覧になって、近江の風土や文化財に興味をお持ちくださったみなさまには、ぜひとも滋賀県をお訪ねいただきたいと思います。

※「湖の国の名宝展」は平成22年6月11日~9月5日まで