文字サイズ

淡海の人

このコーナーでは首都圏でご活躍中の滋賀県ゆかりの人、滋賀県出身有名人にインタビューしています。

弁護士 廣岡 健司さん

廣岡 健司さん

ひろおか けんじさん

  • 弁護士、米国ニューヨーク州弁護士
  • 滋賀県甲賀市甲賀町出身
  • 1993年 洛星高校卒業
  • 1997年 東京大学法学部卒業
  • 1998年 司法修習(大津地方裁判所所属)
  • 2000年 日本国弁護士登録
  • 2000年 森綜合法律事務所(現森・濱田松本法律事務所)に所属
  • 2004年 米国南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)
  • 2005年 米国ニューヨーク州弁護士登録
  • 2006年 英国ケンブリッジ大学ビジネススクール卒業(M.B.A.)
  • 2006年 オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所に所属
  • 2008年 ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所に所属
  • 2010年 同事務所パートナーに就任(現在に至る)

滋賀でのこと

私が生まれ育ったのは、甲賀郡(現在の甲賀市)甲賀町です。鈴鹿山脈のふもとで自然豊かなところです。小学校の頃は日が暮れるまで近所の上級生、下級生と一緒になって遊び、中学生の時はクラブ活動でバスケットボールに熱中しました。
また地域内のコミュニケーションも豊かで、「○○さんのところの息子」で通用する関係でした。地元の祭りや運動会などの地域行事を通して大人の顔も知っています。中学校の先生が、「君たちはこういう環境で過ごせて幸せだ。」とおっしゃっていたことを覚えていますが、今から思えば、地域でも学校でも人間関係に恵まれていたことの幸せを感じます。
そうした中で「お互いを信頼することによって生まれる人と人の関係」を築けていたと思います。そしてこれがその後の人生の大きな糧となっています。こういう関係は東京ではなかなか得難いことです。
東京では多くの人と接するため、個人の世界と世間との間に隔たりがあるように感じます。また、私にも子供がいますが東京の子供はいろいろなストレスにさらされているようで、自分が生まれ育った環境とはずいぶん違うと思います。

外の世界への興味

中学では勉強や学校行事、スポーツに熱心に取り組みましたが、英語の授業では、アメリカから来られている補助教員の先生と話をさせて頂く機会が楽しく貴重な経験となりました。また、滋賀県と姉妹提携をしているミシガン州のマーシャル市から来られていた使節団の方とも交流し、刺激を受けました。それらがきっかけで、外の世界を自分で見てみたいと思うようになり、京都の高校に進学しました。3年間下宿生活でした。
高校時代にも、いろいろな人との出会いがあり、それぞれのバックグラウンドや違った考え方に触れ、刺激を受けました。大きな社会の流れにも興味を持ち、その中で頑張ってみたいと思うようになりました。近江商人や甲賀忍者も地元だけでなく、外に目を向け全国で活躍しましたが、そのようなところに魅力を感じます。そういう思いもあり東京の大学に進学いたしました。

弁護士への道

大学では法律を学びましたが、国際的な仕事につきたいということ、また専門性や個人としての自立、やりがいがいということで弁護士を志望しました。
しかし司法試験のときに体調を崩したので、大学卒業後、一旦滋賀に戻って勉強を続け、翌年に合格することが出来ました。
そして、2年間の滋賀での研修を経て、東京の法律事務所で国際法務を扱う仕事に就きました。バブル崩壊後の後遺症がまだ残っている時期であり、海外企業の日本での投資や撤退の支援、日本企業への資金調達や再編のアドバイスなどが主な仕事でした。
その後、アメリカの法実務を学ぶために渡米し、南カリフォルニア大学のロースクールで勉強、シアトルで研修と、アメリカには2年間おりました。アメリカでは、日米両方の良さ、違いを客観的に見ることができました。アメリカの良いところは、合理的なところと、大事なことをオープンに議論するところです。日本は思いやりと伝統、そして人も優秀です。アメリカでは、何をするにもトラブルは付きものですが、日本では相手に配慮して先回りして対処する。これは海外では得難いことです。
弁護士は法律に関する助言をすることが主な仕事ですが、アメリカではトラブルの解決やビジネスのサポートなどが強調され、法律以外の要素も大事であることを学びました。そこで更にビジネスの勉強をする必要があると考え、英国ケンブリッジ大学のビジネススクールでもう1年勉強し、MBAを取得しました。その時は、法律事務所を退職し、しかも家族連れで借金をしての外国留学でした。
日本では、とりわけアメリカの文化や物事の考え方の影響を強く受けていると思いますが、ヨーロッパなどは多種多様で、アメリカとは違った外国の社会があることを認識しました。
日本に戻ってからは、別の事務所を経て現在の法律事務所に入り、主にM&Aや日本企業が海外進出する際の支援、海外企業が日本で事業展開する際のサポートをしています。
また仕事の傍ら、弁護士の世界で日本と海外の人をつなぐ活動を行っています。世界90カ国、4000名の弁護士が加盟している若手法曹国際協会(AIJA)の日本代表をしています。
数年後にAIJAの総会を日本で開催したいと考えていますが、そういった活動を通じて海外の弁護士に日本の良さをもっと知ってもらいたいし、日本の弁護士にも海外での活動に積極的に関与頂きたいと思っています。

滋賀への思い

滋賀は、控え目な印象があります。歴史・文化遺産や神社仏閣、自然。住むにも観光にも地の利にも恵まれた場所ですが、その良さを十分には活かし切れていないと思います。
滋賀は生まれ育った故郷ですので、愛着がありますし、私にとってとても大切なところです。仕事が大変なときも故郷の風景や故郷の人たちのことを思うと頑張ろうという気持ちになれます。
「人を大事にすること」それが滋賀の風土だと思います。近江商人は、自分も相手も周りも大事にしました。「人のつながりを大事にする」これは滋賀の財産だと思っています。人のつながりがひとつの支えとなればよいと考えます。国際化の中で、東京や海外で活躍したいと考える人を、同郷のつながりの中でサポートして行ければ素晴らしいと考えています。
現在は東京の滋賀県人会にも所属し、3年前から東京で開催されている滋賀県人の集い「淡海の人大交流会」にも参加しています。それらはいずれも、滋賀にゆかりのある方が集うことができるとても貴重な機会ですが、若い世代の方の中にはその存在を知らない方も多く、参加が限られている状況を残念に思っています。楽しい機会なので多くの方が参加頂くことを願っています。
また、定期的に滋賀県出身の若い人たちで集まりを持っています。人の輪も年々広がっています。生まれ育った故郷に愛着を感じ、何か貢献したい、地元とつながりを持ちたいといった思いを持つ人は沢山います。そうした人たちのネットワークを広げ、強くして滋賀に還元できればよいと考えており、今後ともそうした活動に積極的に関わっていきたいと思っています。

* * *

→

インタビュー・対談 一覧