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さざなみVOICE

競泳・リオパラリンピック日本代表 木村 敬一さん

100メートル自由形銅メダル 100メートル平泳ぎ銅メダル 100メートルバタフライ銀メダル 50メートル自由形銀メダル
木村 敬一さん

きむら けいいち さん

木村 敬一さん

1990年栗東市出身。
2歳のとき視力を失う。10歳から水泳を始め、頭角を現す。日本大学に進学し、大学4年時のロンドンパラリンピックでは2つのメダルを獲得。その後元200m自由形日本記録保持者でもある日本大学文理学部の野口智博教授に師事。週に10回の厳しいトレーニングを積んで臨んだリオデジャネイロパラリンピックで、50m自由形、100mバタフライで銀メダル、100m平泳ぎ、100m自由形で銅メダルと4つのメダルに輝いた。県民スポーツ大賞[栄誉賞]受賞。栗東市民栄誉賞受賞。しがスポーツ大使。

滋賀で知った泳ぐ楽しさたくさんの応援が支えに

2008年の北京、2012年のロンドン、そして、今年のリオデジャネイロと3度のパラリンピックに出場し、複数のメダルを獲得。圧倒的な強さを誇る競泳選手・木村敬一さんに水泳との出会いや障害者スポーツへの想いについて語っていただきました。
 

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母の勧めた水泳が人生を変えた

水泳との出合いは小学4年生のとき。2歳で視力を失った僕の体力づくりのため、母が県立盲学校の近くのスイミングスクールに通わせてくれたんです。最初は怖くて戸惑いましたが、もともと運動好きだったこともあり、水中の開放感が心地よく、泳ぐのが楽しくなりました。小学校を卒業と同時に上京し、筑波大学附属盲学校中学部で、本格的に水泳の指導を受けるようになり、以来水泳に打ち込む毎日です。

リオでの一番の感想は…疲れました(笑)。でもあの場に立つということは言葉では言い表せないすばらしい体験でした。これから自分のやりたいことをゆっくり考え、次につなげたいです。

障害者スポーツの魅力を広めたい

出身地ということで、滋賀の皆さんにも本当にたくさん応援していただき、ありがとうございました。これを機に障害者スポーツの面白さや楽しさに注目していただきたいなと思います。

僕にとってパラリンピックは子どもの頃からの大きな夢でした。大きいものに立ち向かうのは辛いことも多いけど、必ず得るものがあります。これからの子どもたちには本気で取り組めることを見つけてほしい。僕の泳ぐ姿でそれが伝わればうれしいです。

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