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多羅尾豪雨(昭和28年8月14日〜15日)による土砂災害:甲賀市信楽町多羅尾地区

台風7号に伴う寒冷前線が14日には奥羽東部から新潟長野近畿北部を結ぶ線上に停滞し、前線付近の各地で豪雨となった。この前線は15日には更に南下し関東東部東海道山陰東部を結ぶ線上に16日まで停滞した。このため滋賀県南部では14日夜から15日朝にかけて雷を伴う大豪雨となった。

14日夜半から翌15日朝5時頃まで、多羅尾村を中心として甲賀郡南東部の山間部一帯は、300mmを越す雷雨混じりの豪雨となり、特に15日0時頃から3時頃までが最も強く、時間雨量は水口で53mm、大原では60mmを記録し、大戸川杣川信楽川野洲川が増水氾濫した。

多羅尾村では15日払暁、河川が急速に増水し、随所に「山津波」が起こり、立木もろとも岩石土砂が崩壊し、家屋田畑を埋没あるいは濁流が押し流し、道路は寸断、谷間はそのまま大川となって、避難の予猶すらなく、一瞬のうちに死者44名、全半壊流失戸数が全村の3割という甚大な被害をもたらしました。

多羅尾豪雨・雨量分布図
上野市の雨量観測値

資料:滋賀県防災気象要覧(昭和44年3月)彦根地方気象台、滋賀県災害誌(昭和41年3月)彦根地方気象台

滋賀県

被害の惨状

・・山津波が起きたのは、午前5時丁度、夜の引き明け時で、その時の雨は天から雨の棒が降ってくるように見えた。山津波の時は紫の電光(いなびかり)のような光が走り、鳴動とも、地震とも、大きな雷ともわからないもの凄い瞬時の出来事であった。

それと同時に山の斜面が樹木のたったまま川や田や谷間に「ズウンズウン」と崩れ落ち、崩れ落ちた山のため川は堰き止められ、一面の泥海となり、またそれが切れて波の如く流れて行く様は正に津波の如くであった。・・・

被害状況

資料:多羅尾村昭和大水害誌(平成元年3月)甲賀市

被災状況写真

山崩れによる倒壊家屋

山崩れによる倒壊家屋

土石流で河原となった農地

土石流で河原となった農地

流木等の堆積物の取り除き作業

流木等の堆積物の取り除き作業

土石流とともに流出した流木の堆積状況

土石流とともに流出した流木の堆積状況

役場の板塀に張り出された村長告示等

役場の板塀に張り出された村長告示等

土石流とともに流出した流木の堆積状況

土石流とともに流出した流木の堆積状況

資料:多羅尾村昭和大水害誌(平成元年3月)甲賀市