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滋賀県平和祈念館
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滋賀県平和祈念館は、 県民の戦争体験を語り継ぎ、戦争の悲惨さや平和の尊さを学び、 平和を願う心を育むための拠点となる施設です。
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田中憲一さんは、野洲郡中主町(現野洲市)の野田沼のほとりに住んでいました。 田中さんは昭和20年4月、捕虜収容所(当時は俘虜収容所とよばれていました。)の監視役になります。 捕虜収容所にはジャワ(現在のインドネシア)で日本軍の捕虜となった約200人ほどの人々がいました。 捕虜はその多くは現在のインドネシアの人々で、10人ほどがオランダ本国からきた人々でした。そして、捕虜たちは琵琶湖干拓に従事させられました。
捕虜が使っていたといわれる井戸の跡
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