虚血性心疾患の診断の上で、塩化タリウム(201Tl-Cl)やテクネシウム血流製剤を用いた核医学的画像診断はきわめて有効性の高い手法としてその価値が確立している。虚血性心疾患を診断する目的では何らかの負荷をかけることで、心筋血流状態を虚血発作時に近い状態に置き、この状態の血流分布と安静時の血流分布を比較することが通常行なわれており、この目的で運動による負荷や冠血管拡張薬を用いた薬物負荷が行なわれる。冠血管拡張薬として用いられるDipyridamoleは、冠血流を2~5倍程度まで増加させることが知られており、その効果が短いこと、Aminophyilineを用いることによって容易に効果を打ち消すことが出来ること等の理由から安全性が確立しており、薬物負荷にもっとも頻用される薬となっている。ただし、Dipyridamoleによる負荷は心筋の運動量・酸素消費量に与える影響が極めて少なく、負荷時に心筋が置かれている生理学的な状況は運動負荷時とはまったく異なっている。にもかかわらず、臨床的な価値・診断能が運動負荷と同等であることが証明されているために、その正確な生理学的評価があまり行なわれないまま、運動負荷と同等に扱われているのが現状である。
運動負荷心筋シンチにおいて、負荷時の画像と安静時の画像を比較すると、負荷時の画像において左室内腔が安静時より拡大して見えることがある。この現象は一過性虚血性心拡大(Transient Ischemic Dilatation; TID)と呼ばれ、従来から重症の心筋虚血を指し示すよい指標とされている。この機序については、#1)虚血のため運動負荷による酸素需要増大に供給が追いつかなくなり一過性の心筋収縮能低下が生じると言う説、#2)重症虚血のため冠動脈間ないしは内膜側冠循環と外膜側冠循環の間に血流の盗血現象(Steal)がおこるとする説、#3)Stealに至らない内膜側の相対的な血流分布の低下のため見かけ上心内腔が拡張して見える等の説がある。しかし、このTIDは時に薬物負荷においても観察されることがある。薬物負荷においては心筋酸素需要の増大はきわめてわずかであり、TIDの機序はおのずと運動負荷時のTIDとは異なっていると考えられる。少なくとも#1)が原因である可能性はかなり低い。これを検討するため、以下の仮定の下に検討を行なった。
仮定;Dipyridamole負荷時のTIDが酸素需要に供給が追いつかないことによる一過性心筋収縮能低下によるものであるとすれば、Dipyridamole負荷時には酸素需要の増大が微小である以上、供給の絶対的な減少があるはずである。これは、Dipyridamoleの冠血管拡張作用から考えて、Stealによるものであると考えるのが最も妥当と考えられる。従って、TIDに伴って心筋血流量の局所的減少が観察されれば、TIDの主な原因がStealによるものであると証明できると仮定できる。
検討;運動負荷時と安静時の間でTIDが観察されるケースを検討し、心筋血流の絶対的な減少(すなわちSteal)が同時に観察されるかどうかを検討する。
対象;当研究所にて2001年1月~2003年8月までに安静時・Dipyridamole負荷時N-13 ammonia PETを受けた患者76名(除外基準;広範な心筋血流欠損を持つ患者については、後述のpFASTによる解析が困難であるため除外した)。平均年齢67歳、男女比=45:31。内、心筋梗塞32例、 狭心症 34例。一枝病変16例、二枝病変23例、三枝病変16例、冠攣縮性狭心症7例。
方法;約10分間のγ線吸収補正用Transmission撮影の後、約740MBqのN-13 ammonia静注、これと同時に5分間連続収集(dynamic収集)でPETのデータ収集を行なった。さらにdynamic収集終了直後から10分間の心電図同期収集を行なった(安静時撮影)。この後、約2時間後に0.56mg/kgのDipyridamoleを4分間かけて静脈投与し、その後約3分間待って、安静時と同様のdynamic収集と心電図同期収集を行なった(負荷時撮影)。
収集されたデータのうち、dynamic収集のデータを用いて心筋血流定量画像を作成した。作成はPatlak graphical analysisによって行なった。こうして、作成された心筋血流定量画像をPolarMap像に展開し、PolarMap上に25個の関心領域を設定して、各々の関心領域の心筋血流量を求めた。求められた各画像25個の関心領域の心筋血流で、安静時よりもdipyridamole負荷時の血流量が低くなっている領域が一箇所でもあった場合、その症例をstealあり(STEAL positive)と定義した。STEAL positive症例においては、安静時よりもdypyridamole負荷時の血流が低くなっている領域が何箇所あるかも求めた。
一方、心尖図同期収集のデータを用いてWindows ワークステーション上にてpFAST2プログラムを用いて心機能・心容積の計算を行なった。安静時とdipyridamole負荷時の左室収縮末期容積の比を計算して、dypiridamole負荷時の容積が安静時の容積よりも10%以上大きくなっている症例をTransient Ischemic Dilatation陽性例 (TID positive)と定義した。
結果;76例の内、20例がTID positiveであった。この20例の内、STEAL positiveであった症例は9例であり、残る11例についてはStealを認めなかった。一方TIDを認めなかった56例の内、9例にTID positive症例が認められた。
これらの結果をカイ二乗検定すると、χ2=5.32(フィッシャーの補正あり)、P<0.02となり、StealとTIDの間には弱い関連性があることが示唆された。
しかし、各症例におけるStealが観察された領域数と、安静時とdipyridamole負荷時の左室収縮末期容積の相関を調べたところ、r=0.2, p=n.s.であり、有意な相関は認められなかった(図1)。安静時とdipyridamole負荷時の左室拡張末期容積、ないし左室駆出率の比とSteal領域数の相関についても調べたが、これらについてもいずれも有意な相関は認められなかった。
考察;Dipyridamole負荷時に認められるTIDの説明のひとつである冠動脈間のsteal現象が存在することが確認された。しかし、その関連性は非常に弱いものであり、冠動脈肝StealがDipyridamole負荷時のTIDの主な要因であると考えることは困難であると考えられた。
Dipyridamole負荷時に認められるTIDを説明するそれ以外の理論としては、心筋血流の末梢側である心筋内膜側と、それよりも上流である心筋外膜側の間での同一冠動脈支配域内でのSteal現象が起こり、内膜側心筋での血流供給が需要に満たなくなることによって左室収縮能低下を引き起こすという説、Stealに至らないまでも内膜側心筋と外膜側心筋の血流増加率が異なることにより見かけ上心筋内膜側に心筋血流製剤が分布しないように見えてしまい、これが見かけ上の左室拡大を生じるという説、などがあげられている。この両者ともが心筋内膜側と外膜側の間の差によって生じる現象であり、現在のPETの解像度ではこれを検出することは困難であると考える。
(本研究は2003年日本核医学会総会にて発表された)
y=0.02x-1.1, r=0.2, p=n.s.で有意な相関を認めなかった。
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