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研究所報2003

ヒトHDL受容体、SR-BIの機能解明: -CLA-1トランスジェニックマウスの作成とその解析- 上田之彦

1.はじめに

我が国の死亡原因の第二位が心臓病、第三位が脳血管障害と言うことを考えると、動脈硬化性疾患は我が国の死亡原因一位の悪性新生物に匹敵する重要な疾患である。動脈硬化の最大の原因は脂質代謝異常であることは言うまでもないが、我々は、脂質代謝に焦点を当てて動脈硬化治療に結びつく研究を進めている。図に示す生体内の脂質代謝経路において、1985年のノーベル賞研究でその全容が明らかにされたLDL受容体が大きな役割を果たす、いわゆるLDL代謝経路に関しては研究が進み、HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)が効率よく肝臓におけるLDL受容体を増加させ血中LDLコレステロールを低下させることのできる薬剤として今日一般的に臨床で用いられている。これに対して、多くの疫学研究で、冠動脈疾患危険率とHDLコレステロール値との負相関はLDLコレステロール値との正相関とともに証明されているにもかかわらず、HDL代謝経路に有効な治療法は開発されていない。HDL代謝経路は、いわゆるコレステロール逆転送系として、これを活性化させることで動脈硬化病変を退縮させることが可能であると考えられるため、この系に関与する分子の解明と解析は重要な課題である。そこで我々はHDL代謝経路において重要な役割を果たしていることが最近わかってきた分子群の調節機構を含めた機能解明を進め、新しい動脈硬化治療法の標的分子となる可能性を探っている。

2.研究の目的と方法

 我々は、すでにSR-BIを肝特異的に野生種の2倍および10倍過剰に発現するトランスジェニックマウスの系を樹立し、SR-BI過剰発現による脂質代謝および動脈硬化病変形成への影響をその発現レベルに応じて観察した。これにより、SR-BIが肝においてはHDL粒子からコレステリルエステルを選択的に取り込む受容体として働き、コレステロール逆転送系に深く関与していること(1)、さらに、肝において2倍程度という生理的範囲内でのSR-BI発現増加が動脈硬化病変の抑制につながることが証明された(図1)(2)。
しかしながら、マウスとヒトではコレステロール、特にHDL代謝系が異なると考えられており、SR-BIの機能についてもヒトにおいては解析が十分に進んでいない。そこでわれわれは、ヒトSR-BI(CLA-1)の機能を解明し、動脈硬化の新しい治療法につなげていくため、このCLA-1遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成し、その機能解析をすすめている。

図1.正常、SR-BIを肝臓で2倍および10倍 過剰発現するトランスジェニックマウスの動脈
硬化病変。赤く染まった部分が動脈硬化病巣。
2倍の過剰発現では動脈硬化病変形成の抑制が 認められる。これに対して10倍の過剰発現では動脈硬化病巣は拡大した。(文献2より)

 すでに昨年度までに、ヒト遺伝子をそのプロモーターや調節領域を十分に含んでいると考えられる、BACライブラリーから約70KbのCLA-1遺伝子全長を含むBACクローンを単離、精製し、トランスジェニックマウスを作製した。
このマウスでは血清コレステロール値およびHDLコレステロール値に変化を認めず、肝臓における蛋白発現がmRNAレベルに比して弱いことがわかった。
今回我々は、ヒトCLA-1が動脈硬化病変形成にどのように関与しているかを明らかにするため、このCLA-1トランスジェニックマウスにヒトアポ蛋白Bトランスジェニックマウスを掛け合わせ、高脂肪、高コレステロール含有動脈硬化食を投与し、その動脈硬化病変形成を観察した。動脈硬化食は6週齢から20週間投与し、動脈硬化病変は、大動脈起始部をオイルレッドーO染色し、赤く染まる部位の面積を測定し、評価した。

3.結果

すでに我々は、このトランスジェニックマウスの肝および脳におけるCLA-1遺伝子の発現については報告しているが、今回、腹腔マクロファージにおける発現を検討した。その結果、腹腔マクロファージにおける導入遺伝子の発現は、内因性SR-BI発現に比しても十分な量が認められた(図2)。

図3.腹腔マクロファージからHDLによるコレステロール引き抜き

そこで、マクロファージからのHDLによるコレステロール引き抜きを、3Hでラベルしたコレステロールをそれぞれのマウスの腹腔マクロファージに取り込ませた後、ヒトHDL3存在下で培養し、培地中に引き抜かれてきた3Hを測定することで評価した(図3)。その結果、CLA-1遺伝子は、SR-BI欠損により失われたコレステロール引き抜きを促進し、CLA-1がマクロファージにおけるコレステロール引き抜き口として機能することが明らかになった。

図2.腹腔マクロファージにおける内因性マウスSR-BIおよび導入遺伝子CLA-1の発現

さらにこのマウスにおける動脈硬化病変形成を検討するため、ヒトアポ蛋白Bトランスジェニックマウスと掛け合わせ、高脂肪・高コレステロール含有動脈硬化食を20週間投与して大動脈起始部における動脈硬化病変観察した。図4に示すように、wild typeマウスでは動脈硬化食を20週間投与しても動脈硬化病変形成はほとんど認められなかったのに対し、CLA-1マウスでは、内因性SR-BIを持つにもかかわらず、アポBトランスジェニックと掛け合わせなくても、有意な病変形成を認めた(図5)。

図4.wild type およびCLA-1トランスジェニックマウス、大動脈起始部のオイルレッド-O染色

図5.wild type およびCLA-1トランスジェニックマウス大動脈起始部における動脈硬化病変面積

アポBマウスを掛け合わせると、病変面積は著明に拡大し、CLA-1遺伝子を持つことでやはり病変面積の増加が認められた(図6,7)。

図6.アポBトランスジェニックおよびアポB+CLA-1トランスジェニックマウス、大動脈起始部のオイルレッド-O染色

図7.アポBトランスジェニックおよびCLA-1+アポBトランスジェニックマウス大動脈起始部における動脈硬化病変面積

4.まとめ

これまでに我々は、ヒトSR-BI(CLA-1)トランスジェニックマウスを作成、樹立し、それを用いた、ヒトSR-BI機能解析を進めている。今回の研究から、ヒトSR-BIは少なくともマウスにおいてはHDL受容体として機能しておらず、スカベンジャー受容体としての機能が強い可能性が考えられた。現在、ヒトSR-BIのマウスHDLとの結合能の解析、ヒトアポ蛋白AIトランスジェニックマウスとの掛け合わせによる、ヒトHDLとSR-BIの関与の解明、マクロファージ特異的SR-BI欠損マウスの作製とその動脈硬化病変形成の解析を進めている。この研究で、ヒトのHDL代謝経路の全容が解明されることにより、動脈硬化を効果的に退縮させることのできる画期的な治療法の開発につながってゆくものと期待される。

参考文献

1) Yukihiko Ueda, Lori Royer, Elaine Gong, Junli Zhang, Philip N. Cooper, Omar L. Francone, and Edward M. Rubin,
Lower Plasma Levels and Accelerated Clearance of High Density Lipoprotein (HDL) and Non-HDL Cholesterol in
Scavenger Receptor Class B Type I Transgenic Mice. J.Biol.Chem 274; 7165-7171 (1999)
2) Yukihiko Ueda, Elaine Gong, Lori Royer, Omar L. Francone, and Edward M. Rubin, SR-BI Transgenics: Relationship between
Expression Levels and Atherogenesis. J.Biol.Chem 275; 20368-20373 (2000)


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