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更新日:2012年9月3日

淡海の人

このコーナーでは首都圏でご活躍中の滋賀県ゆかりの人、滋賀県出身有名人にインタビューしています。

 


 

 

こばやし ゆきおさん
  • 昭和48年3月 滋賀県立膳所(ぜぜ)高校卒業
  • 昭和48年4月 中央大学法学部法律学科入学
  • 昭和53年11月 弁理士試験合格
  • 昭和54年1月 国際特許事務所入所
  • 平成元年1月 渉外法律事務所入所
  • 平成4年11月 司法試験合格
  • 平成7年4月 弁護士登録、永田町の法律事務所に入所
  • 平成14年1月 赤坂にて独立(小林幸夫法律事務所)
  • 平成17年4月 桐蔭横浜大学法科大学院教授就任
  • 平成21年1月 溜池山王に移転し、事務所名を小林・弓削田法律事務所に改称

弁護士・弁理士 小林幸夫さん

◇現在の滋賀県とのかかわり

今でも滋賀県には母と弟がおり、1ヶ月か2ヶ月に一回ぐらいは帰省しています。床屋も草津の理容店を使っていて、私が本当に東京に本拠を置いているのか疑わしいくらいです。東京から新幹線に乗ると、関ヶ原を過ぎるあたりで閉めていたカーテンを開けて外を見るのが長年の習わしです。そのまま車窓を眺めていると琵琶湖が見えてきて、さらに逢坂山のトンネルをすぎたあたりで、一瞬ですが母校の晴嵐小学校が目に入り、当時、教室の窓から新幹線を見ていたときのことを思い出します。

東海道線の膳所駅に停まると、乗ってくる高校生の胸の校章を見て、かつて野球部が甲子園に初出場を果たしたときのことがよみがえります。1年生だった弟も甲子園の土を踏み、大騒ぎしたものです。

◇上京から湖国寮、そして東京に本籍を移すまでの道のり

東京に出てきたのは、高校を卒業した18歳のときです。大学入学と同時に三鷹駅近くにある湖国寮に入りました。上京の際は、当時東洋レーヨンに勤務していた父(4年前に亡くなりました)が付き添ってくれ、地元で蒲団一組と身の回りの物を買ってくれました。父がその日のうちにトンボ帰りした後、一人になったときは、とても心細く感じました。しかし、同郷の人だということで相部屋の人(卒業後は、滋賀県の養護学校の教員になったようです)とすぐにうち解けたこと、寮母さんがおいしい食事を作ってくれたので、安心した生活を送ることができました。その後、湖国寮には卒業まで4年間お世話になりました。湖国寮は今年一旦取り壊しとなるようですが、また再建されると聞き、少し安心しています。

卒業後は、弁理士試験を目指し、昼間はマクドナルドでアルバイトをして、夜は勉強するという毎日でした。弁護士への憧れはあったのですが、当時の大学は学生運動がまだ残っていてゆったり勉強する雰囲気になく、また司法試験に合格するまでは何年も浪人しなければならないと聞いていましたから、経済的に無理だと思い、弁理士試験に方向転換していました。その後、合格して特許事務所で弁理士として仕事をし、結婚もして、本籍も東京に移しました。しかし、やはり弁護士に対する憧れがあって勉強を再開し、受験しては落ちるということを繰り返しました。最終的に合格したときには30代の半ばになっていました。その間はほとんど滋賀には帰りませんでした。現在は、落ち着いたのでできるだけ実家に帰るようにしていますし、関西方面での仕事があったらかならず立ち寄るようにしています。

◇東京から見た最近の滋賀県について

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が始まりました。毎回欠かさず見ており、ドラマを通じて改めて滋賀県の良さを感じています。しかし、滋賀県への観光客が大幅に増えていない気がするのですが、どうでしょうか。安土城を再建するような莫大なカネのかかることは不要だと思いますが、もう少し観光客が増えてもよいのではないでしょうか。ドラマが終わった後に観光客が来なくなるのも困りますが、せめてドラマが続いている間は、もっともっと観光客が押し寄せるような雰囲気になってもらいたいです。さらに感じるのは、滋賀県の県庁所在地である大津駅前の寂しさです。どうしてこんな寂しい県庁所在地になってしまったのかと思います。かつて映画を見に行った滋賀会館や教育会館もなくなり、車で通るだけの街になった気がします。とびっきりおいしい食事のできる店や芝居をやる劇場、音楽ファンが集うライブ会場、個性的でステキな服を売る店等、特徴のある店や場所があればもう少し活性化するのではないでしょうか。

◇今から東京で滋賀県のためにできることは何か

今回縁あってこのコラムに紹介されることになり、とてもうれしく思っています。過去に紹介された方を見てみますと、昨年膳所高校関東大会が開催された際に司会をされた高校の後輩であるNHKの野村正育さん、よく見ていたNHK教育テレビ「めざせ!会社の星」の司会者の橋本奈穂子さん、高校の同窓生だった東京女子医大の山中寿さんが載っており、同郷の方との結びつきが意外にあるものだと感じました。

普段は故郷のことはあまり考えないのですが、県から送られてくる広報誌は毎号しっかり読みますし、新聞記事で滋賀県や嘉田知事のことが載っていると丁寧に読んでいます。昔の話ですが、広報誌に「びわこ空港を作ろう!」というような記事を見たときは、なんという税金の無駄使い、もったいないことをするものだ、と思っていました。その後、「もったいない精神」で県知事となり、各種改革を進める嘉田知事が登場した時には、選挙権がないにもかかわらず東京から応援していました。

今後は、東京にあって滋賀県のためにできることを、常に考えていきたいです。手始めに、少額ですが、ふるさと納税である「マザーレイク滋賀応援寄附」の申し込みを致しました。滋賀県のために、東京からでも何かできることがあればお手伝いしたいと思っています。
 

今回は、弁護士・弁理士 小林 幸夫さんにお話を伺いました。(2011年2月)

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