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更新日:2015年2月19日

淡海の人

このコーナーでは首都圏でご活躍中の滋賀県ゆかりの人、滋賀県出身有名人にインタビューしています。

 

田中 一幸さん

 

 

たなか いっこうさん

女子美術大学美術館
館長 田中いっこう(一幸)

女子美術大学大学院 教授

国画会会員

  • 1951年 栗田郡瀬田町南大萱(現・大津市大萱)に生まれる。
  • 1970年 県立大津高等学校卒業
  • 1979年 東京藝術大学大学院修了
  • 1980年 ベルリン芸術大学へ留学
  • 1985年 ベルリン芸術大学マイスター修了
  • 1978年~現在まで個展・グループ展・団体展を中心に作品を発表
  • 1996年~女子美術大学勤務

女子美術大学美術館 館長 田中一幸さん

生まれは瀬田町、琵琶湖の最南端です。高校時代は演劇に興味がありましたが、関西弁が壁になると気づき断念。同じく興味があった絵画の道を選びました。自己表現ができる何かを求めていたのだと思います。

芸大に入ろうと一念発起し、高3の時、滋賀大学教授・山尾平氏の私塾に入り絵画を基礎から勉強。他人より遅いスタートだったので高校卒業と同時に上京しました。国立の芸術大学はひとつしかなく、浪人が当たり前でした。私も予備校でみっちり、デッサン・油絵の勉強。何とか芸大に入学しました。クラスメートの平均年齢はなんと23歳でした。

せっかく芸大に入ったものの、その先が見えずに悩んだこともありました。学校の先生にでもなろうか、と安易に考えていたら、先輩から「もっと真剣に絵を描け!」と叱られ、初心にかえりました。

学部を卒業してからは修士課程に進み、修了後は大学の助手をしていましたが、ドイツ絵画に興味を持ち、外国に身をおいて創作活動をしたいと思い、ベルリン芸術大学に編入。当時のドイツは学費が免除され、また教授に広いアトリエも提供して頂き、創作に没頭することができました。気が付くと5年も滞在していました。長い長い研究生活を後押ししてくれた両親には感謝の言葉もありません。

帰国後も引き続き創作活動に没頭していましたが、知り合いの教授から声をかけていただき、美術大学の講師をすることになりました。感性に頼らない基礎デッサン論を展開すると、指導方針が面白いと評価をいただき、複数の研究所、大学や専門学校を掛け持ちすることになり、その後、今の大学で専任教員として教鞭をとることになりました。


滋賀と大学のかかわり

葦(あし)ペン  関西では 葭(よし)ペン

「人間は考える葦である」というパスカルの有名な言葉があります。「葦」という植物は、世界中の川辺に生えています。ヨシズなどは日本の夏を代表する身近な物です。

田中 一幸さん葭(よし)は琵琶湖岸にもよく生えています。この葭を適当な長さに切り、先を万年筆のように尖らせると「葭ペン」が作れます。レンブラントやゴッホといった有名な画家も、愛用していました。ペン先を自分好みに調節することで様々な柔らかい線が描けるのが大きな魅力です。帰省時には近所の川の土手に生えている葭を採ってきておいて、大学の演習授業の一環として、葭ペンを製作し、絵を描くといった体験も取り入れています。

田中 一幸さんまた、版画の授業では歌川広重の「近江八景」を題材としています。その中には「瀬田の夕照」「石山の秋月」などありますが、版画の面白さを明示できるのは「唐崎の夜雨」です。版木は同じですが、雰囲気が全く違う、他の色の作品もあります。絵師と刷り師のコラボレーションで、素晴らしい世界が展開されているのがわかります。湖上から観たであろう巨大な松は、生き物のようにも感じ取れる名作です。


滋賀へのメッセージ

子供が幼い頃は、正月、春休み、夏休み、連休の都度帰省していました。近所の森での昆虫採集では、丁度カブトムシの羽化時期に遭遇したのか、森中にカブトムシが「湧き出る」という体験をしたことがあり、今でも子供達は滋賀が大好きです。

帰省する度に、滋賀県も少しずつ変化していると感じます。合併も進み、カブトムシを追いかけた山は、美術館や大学の大きなキャンパスになっています。京都よりも通勤・生活面で便利なところも多数あり、発展を続ける地域であると思われます。大きな山々、満面の水をたたえた日本の中心。この土地の良さは一旦離れてみることによって、その魅力が更に強く感じられます。

帰省時に、いつも遠くから見守ってくれる比叡山、何もかも包み込んでくれる琵琶湖の存在は、私にとって大切な宝物であることに疑いの余地はありません。これからも自然と共存しながら、活力溢れる魅力ある地域になって欲しいです。

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