滋賀の風景
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清林パーク
清林の偉業を記念した楽しい相撲公園
 志賀清林(しがせいりん)は、奈良時代に相撲の最手(ほて=今の横綱)として活躍。聖武天皇の世の神亀年間(724〜729)に催された宮中の相撲節会(すまいのせちえ)で行司を勤め、相撲四十八手の基礎をつくった人物としても知られています。清林パークは、この清林の偉業を称えて造られた公園で、「どすこい広場」や「ぐんばい広場」、四十八手を描いたタイル絵など、相撲をモチーフにした楽しい工夫があちこちに凝らされています。清林の死後、志賀家は代々行司を勤めますが、平安末期に一時相撲が中断したのを機に断絶。相撲司は越前の吉田家に移り、その後、木村、式守両家へと受け継がれていきました。
 公園の入り口の左、樹木に囲まれた一角にあるのが志賀清林の墓。その隣にある記念碑は大正8(1918)年に建立されたもので、碑文の文字「志賀清林埋骨之碑」は板垣退助によるものです。
地域名:大津・志賀
所在地:大津市(旧・志賀町)
清林パーク
清林パーク(2003年9月18日撮影)
志賀清林の墓
志賀清林の墓(2003年9月18日撮影)
清林パークのタイル絵
清林パークのタイル絵(2003年9月18日撮影)