滋賀の風景
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坂本城跡
明智光秀が築いた水城の跡
 織田信長の比叡山焼き討ち後、信長に命ぜられて明智光秀が築いた坂本城の跡。坂本城は、琵琶湖の水をうまく利用した水城で、城郭に大天守、小天守を持った豪壮華麗な造りであったといいます。この水城の形態は、後の大津城、膳所(ぜぜ)城へと受け継がれていきました。
 坂本城は、光秀が織田信長を攻めた本能寺の変のあと、豊臣秀吉軍に囲まれて落城。その後、秀吉により再建されましたが、浅野長吉が城主の時に大津へ移され、城跡は田畑になりました。現在は、湖中に城郭の跡を残すのみで、琵琶湖の水位が下がるとその一部を見ることができます。城跡近くの湖畔には平成7年に建てられた光秀の像が立っています。
地域名:大津・志賀
所在地:大津市
坂本城跡
坂本城跡(2003年10月1日撮影)