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【講演会】明治を生き抜いた近江商人

県政史料室では、県が保有する「歴史的文書」(公文書)の保存・活用を促進するため、県民・県職員向けに毎年講演会を開催しています。本年は「近江商人」をテーマに選び、商業の視点から県内の近代化の歩みを振り返る機会を設けました。

講演会ポスター

概要

演題:明治を生き抜いた近江商人
日時:平成27年11月18日(水曜日) 13時30分~15時
会場:滋賀県庁東館7階 大会議室
講師:宇佐美英機氏(滋賀大学教授)
主催:滋賀県、全史料協近畿部会
参加者数:85人(一般51人、職員34人)

講演要旨

周知のように「近江商人」とは、近江国に本宅を置いて他国稼ぎをした商人で、主として江戸時代を中心に研究されてきました。その一方で、江戸時代から近現代にかけて、1つの商家を分析した事例はそれほど多くはありません。そのような乏しい研究状況のなかで、私たちがイメージする近江商人像は作られているのです。

それでは彼らは、近世期に最も先進的な商い方法を創造したと言われているにも関わらず、近代に入りその多くが衰退してしまったのはなぜなのでしょうか。またその一方で、伊藤忠や丸紅、西川産業など現在まで存続する企業があるのはなぜなのでしょうか。これらの点を明らかにしなければ、私は本当の意味で近江商人の歴史を語ったことにはならないと考えています。

近世末の近江商人の位置づけ

さて今日ご紹介する「湖東中郡日野八幡在々持余家見立角力」は、天保・弘化頃〔1830-1847〕に出版された近江商人の番付帳です。200軒余りの商家に印がついており、1番上位にあたるのが「打出の小槌に宝印」が書いてあるものです。この印がつく者は6名(八幡3、五個荘2、日野1)いますが、必ずしも資産高と連動するわけではありませんでした。

例えば、13万両もの資産をもつ中井源左衛門家は含まれておらず、3千両未満の正野玄三家に印がついています。このことは、資産高だけが近江商人の世界で評価されるわけではないことを示しています。初代正野玄三が考案した「万病感応薬」がなければ、中井源左衛門家を含む日野商人は、富を蓄えることができませんでした。つまり日野商人にとって正野玄三家は別格の存在であり、尊敬に値する家だとみなされていたのです。この番付表は、家の永続性や家名、地域にとっての人徳などを勘案して作られており、一代で「栄花(華)」を実現した人は載せてもらえませんでした。

講師写真

明治期の評価

しかしこのような近江商人の世界は、明治期になり、資本主義化が進むと、批判の目にさらされるようになります。例えば50人の近江商人を取り上げた井上政共編『近江商人』(1890年)は、たとえ現在「巨万の財宝を左右する豪商」でも、時代に合わせて「資本」「真実」「迅速」を活用しなければ「煙(雲)散霧消」すると警告しています。また能登川商人の阿部房次郎も、近江商人のことを「積極的かと見れば上ッ調子で進み過ぎ、堅実かと見れば旧弊で時代遅れ」だと評していますし、資本主義の父と称された渋沢栄一は、自らのような「改進主義」の商人と対比して、近江商人を「守旧主義」だと非難しています。

このような言説が生まれる背景には、近江商人の世界のなかで、西欧由来の近代的な経営に対する不安感が強かったことがあると思います。そして確かに明治30年代までは、近江商人の「持下り商い」はある程度の優位性をもっていました。彼らは様子見をして投資を控えており、渋沢らからすれば、そのような態度が資産を持っているのに何もしない「古い商人」と見られたのでしょう。

ところで私は最近、明治以後も商家が経営を存続できるかは、幕末維新の変革をその当主がどのような年齢で迎えたかが重要だと感じています。例えば高宮商人の馬場家は、維新後すぐに商売から手を引いていますが、それはこの時期に当主が2代続けて早世し、商売のノウハウが継承できなかったからだと思われます。また明治30年代には「天保・弘化の老人は引退せよ」という言説が登場します。伊藤忠ではこの時期に、伝統的な近江商人に敬意をもっていた初代忠兵衛が亡くなり、八幡商業学校で近代的経営を身に付けた2代目に代替わりしています。順調に近代的経営者へ世代交代できたかどうかが、明治以後の経営存続にとって大きな意味をもっていたのです。

会場写真

大正・昭和初期の評価

近江商人に対する批判的な言説は、大正・昭和期になるとさらに増してきます。例えば、彼らには「孤立」「偏狭」「猜疑」という3欠点があるというものです。これは五個荘商人の塚本源三郎が言い出したことのようで、塚本家のように近世末から台頭し、うまく資本主義化を乗り切った立場からすれば、そう映るのだろうと思います。しかしその評価は非科学的なものであり、主張する者の自己正当化と紙一重の関係にあるわけです。さらに近江商人研究においても、明治以後彼らが衰退する原因として、無批判にこれらの「性質」をあげてきました。しかしこれからは、実際の経営史料の分析を通じて、そのイメージの修正を図っていくことが必要なのだと思います。

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