文字サイズ

【コラム2】地租改正の波紋

維新政府の3大改革の1つとして知られる地租改正は、山林原野にもおよび、その利用をめぐる村同士の関係性に大きな影響を与えました。今回はその1つの事例を取上げ、民衆たちの山林の関わり方の一側面をご紹介してみたいと思います。

山林の地租改正

明治5年(1872年)2月、大蔵省は「地券渡方規則」を府県に布達し、土地の永代売買の許可と地券の発行を命じました【明あ80(24)】。これを受け滋賀県では、同年8月、土地所有者に田畑の面積(反別)を提出するよう求めています。また同月、県は地券取調掛に「地券取調掛取扱心得方凡例書」を布達し、正副総戸長(数か町村が属する区の代表)や正副戸長(町村の代表)に、その調査手順を具体的に示しました【明い31(36)】。その際、境界が不分明で田畑・山林が入り混じっている村は合併してもよいと指示しています。

明治6年7月18日には、県令松田道之が複数の村が利用する立会(入会)の山林原野を、なるべく細かく分割するよう布達しました【明い231(90)】。ただし数十か村が利用する広大な山野は、無理に分割すれば争いが生じる可能性があるため例外を設けます。そのような山野は、東西南北の境界を記した絵図に、村々の連印を押して提出することとされました。このような県の慎重な姿勢からわかるように、山野利用をめぐる村同士の争いの深刻さは、県当局もよく理解するところでした。

地券発行をめぐる葛藤

例えば蒲生郡北脇村(現日野町)には、上山と呼ばれる草刈り場がありました。江戸時代には、この土地と樹木は同村のものでしたが、近隣の瓜生津・石谷両村には、柴草の刈り取りが許されていました。この場合、地券を関係3か村に発行すれば、北脇村に不服が生じるし、北脇村にのみ渡して立会(入会)を廃止すれば、瓜生津・石谷両村に不満が残ります。対応に苦慮した権参事籠手田安定は、北脇村に地券を発行し、その写しを他の2か村に渡せば苦情が生じないだろうと考えます。明治6年3月22日、租税頭陸奥宗光にその許可を求める伺いを提出しました【明ち327(3)】。翌月9日に出された陸奥からの返答は、北脇村のみ地券を発行し、他2か村には写しを渡す必要はないとのことでした。その一方、立会の慣行については、規定書を取り交わさせ、「後日ノ紛乱」が生じないよう求めています。

草刈り場をめぐる山論

この上山をめぐっては、同じく近隣の一式村が利用権を主張して県に出訴しています。しかし証拠不十分のため、明治6年(1873年)5月12日、その訴えは退けられ、引き続き所有者の北脇村と瓜生津・石谷両村のみ利用が認められることになりました【明ち327(35)】。窮した一式村は、北脇村などに非礼を詫び、改めて立入りの許可を願い出るものの、当然のことながら物別れに終わります。そこで明治7年5月9日には、一式村の歎願を受けた県が北脇村を招集します。県は少しでも草刈り場の立入りを認めるよう説諭しますが、同村はこれ以上立入る村数を増やすことはできないと拒みました【同前(12)】。

この北脇村の頑なな態度の背景には、従来草刈り場を利用してきた瓜生津・石谷両村が、明治維新後に茶畑の開墾を進め、その肥料に用いるため草木を刈り荒らしていたことがありました【同前(2)】。そのため北脇村の耕地には土砂が流れ込み、大きな損害が出るようになっていたのです。

北脇村は土砂留めの方策を講じるよう、何度も両村に掛け合いますが、相手にされません。そこで明治7年7月、地券専務柴山俊良が瓜生津村に来村した際、期限付で瓜生津・石谷両村の「鎌留」(伐採の禁止)を願い出ます。しかし柴山は、派出中であることを理由にそれには答えず、双方に示談に応じるよう説諭しました。そこで北脇村は、再び瓜生津・石谷両村に土砂留めを求めますが、両村は「其場逃ル」の言い訳をして、応じようとはしませんでした。

草刈り場の境界争い

明治8年7月には、地租改正にともなう境界検査のため、木村広凱少属が北脇村などに来村します。その際、今度は草刈り場の境界をめぐって関係3か村で争いが起こりました。木村より厚く説諭が行われたことで、3か村は一度は示談を受入れ、仮約条書を取り交わします。しかしその後、北脇村がその文書をもって両村に申し入れると、今回も合意に至りませんでした。籠手田権令は、区長や各村から報告を受けますが、解決の糸口が見えず、8月25日に区長と関係3か村を直接県庁に呼び出しました【同前(7)など】。協議の結果、同年8月28日には、関係3か村より示談の内容が権令に提出されます【同前(5)】。3か村が属する正副区長の立ち会いのもと、「地界標目」(境界目印)が建設されることになりました。

しかしその後も、この3か村では争いが絶えませんでした。民衆たちにとって明治維新とは、地域社会に新たな争いの火種を持ち込む一面もあったのです。

お問い合わせ
滋賀県総合企画部県民活動生活課県民情報室
電話番号:077-528-3126(県政史料室)
FAX番号:077-528-4813
メールアドレス:[email protected]