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【コラム1】GHQの進駐と接収

今年、2015年は悲惨な第二次世界大戦が終結して70年目の節目の年であり、敗戦を受け入れた日本の戦後の歩みを振り返るきっかけとなる年です。滋賀県でもGHQの部隊が進駐し、滋賀県軍政部が県庁内に置かれました。今回はGHQが県内にあった当時の実態の一端を紹介します。

GHQの滋賀県進駐

昭和20年(1945年)8月、日本の敗戦を受けて、連合軍総司令部(GHQ)が最高司令官ダグラス・マッカーサー指揮のもと、横浜に設置されました。西日本にも、連合国軍の主力であるアメリカ太平洋陸軍第6軍と第8軍のうち、第6軍が展開し、司令部が京都に置かれます。そして滋賀県でも、9月30日に大津市錦織町の琵琶湖ホテル(現柳ヶ崎のびわこ大津館)が、10月4日には際川の大津・滋賀両海軍航空隊跡地と別所の大津陸軍少年飛行兵学校が接収されました【昭06-135(2)】。 昭和9年に完成していた琵琶湖ホテルは、当時、県内最大のホテルであり、桃山様式を採用した3階建ての和風建築でした。内部は洋風が取り入れられ「湖国第一の近代ホテル」として知られており、接収されたホテルは日本政府が賃借したうえで進駐軍に提供するかたちをとります【昭06-15(20)】。

進駐してきたGHQは直接軍政の方式をとらず、間接統治を選択しました(ただし、沖縄には直接軍政がひかれます)。これにより、GHQの命令と監督によって日本政府が政策を実行していくこととなりました。マッカーサーは婦人の解放や労働組合の促進、教育・司法・経済の民主化などからなる五大改革の指令を示します。

このようなGHQの方針から、滋賀県でも県が政策実行の窓口となりました。大津市には、米軍第6軍136連隊のカーベーニー大佐以下2,910名が進駐し、滋賀県軍政部が設置されますが、県は彼らと県民との交渉や仲介を担うことになりました。9月10日、県は、進駐軍連絡事務局を設置し、県民に向けて「進駐地付近住宅心得帳」を配布します。これは、進駐兵の不法行為を誘発しないよう求め、進駐兵に危害を加えず忍耐するように諭したものでした。進駐兵の取締りはMP(ミリタリー・ポリス)本部が行っており、県当局では対応できなかったためです。

進駐軍の施設の設営

昭和21年(1946年)4月11日、 旧少年飛行兵学校にあった軍政部滋賀支部(隊長ブルーベーカー)が県庁に移転してきます。県庁2階・3階の8室と1階の3室がそれぞれ軍政部とMP本部に割当てられ、接収が解除された際、寝室として使用していた一室の東側の壁には弾痕が残っていて、3室とも塗り替えが必要なほど汚損していました【昭06-4(21)】。 また、地方特別建設委員会規程を設け、宿舎などの建設を促進するとともに、県内務部に渉外課と特別建設課も新設されます。このような中、軍用給水専用上水道や、大津水耕農園、進駐軍家族のための住宅である皇子山ハイツなどが新築されました。上水道は国が費用を負担し、大津市が工事を施工し総額6,922万円余をかけて昭和23年3月に完成、6月から給水を開始しました。 大津水耕農園は、下阪本村にあった旧滋賀海軍航空隊跡が接収され、昭和21年7月に運営されはじめたものです。50町歩(約50万平方メートル)におよぶ広さを持ち、ふん尿などの肥料を用いない野菜栽培専用農場でした。砂利を敷いたコンクリート槽に、ポンプを用いて化学肥料の水溶液を流し込む大変珍しいものでした。

皇子山ハイツは進駐軍の家族住宅として9月に提供されたものです。当時は、皇子山の他にも多くの個人住宅が接収されました。接収された住宅の住民は、早急に家を出なければならず、その様式もアメリカ人向けに改造されます。改造項目は、ある住宅では22か条にもおよび、床のフローリング張りやブラインドの取付け、ガラス戸の新設や出入りを洋風に模様替え、ガレージの新設などの項目が定められていました。【昭06-6(1)】

GHQと県民の間に立っていたのが、県内務部の中に8月に新設された渉外課と特別建設課でした。現在、両課が作成した154冊におよぶ行政史料は、歴史的文書として県政史料室で公開を始めています。

県民からの嘆願

このようにGHQの進駐は、土地や建物の接収というかたちで県民にも大きな影響を与えました。施設を提供した県民やホテルなどは、立ち退きや労務提供などのかたちでGHQへの協力を余儀なくされました。そして、解除が進まなかった場合は、GHQが撤退するまで長期にわたり接収され続けることになりました。中でも、戦時中日本軍に接収され、さらに進駐軍にも接収されつづけた住民の辛苦は大変なものでした。 現在まで残されている彼らの嘆願書には、接収に対する切実な思いとともに日常生活の中に軍隊があった厳しい現実が刻まれています。

お問い合わせ
滋賀県総合企画部県民活動生活課県民情報室
電話番号:077-528-3126(県政史料室)
FAX番号:077-528-4813
メールアドレス:[email protected]