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更新日:2018年1月4日

日本最古のブランド牛 近江牛

近江牛

 

「近江牛」は、日本三大和牛の一つに数えられ、滋賀の魅力を伝えるための主要産品の一つとなっています。

滋賀県では、近江牛を安定して生産する取組やブランド力のさらなる向上に取り組んでいます。

近江牛の生産を支える取組

県内で生まれる子牛を増やす

今まで近江牛の多くは県外から子牛を購入して飼育されてきました。近年、子牛の生産が全国的に減少しているため価格が高騰し、畜産農家の経営を圧迫しています。県では、近江牛を安定して生産するため、生産拠点施設の整備や母牛を増やす支援をするなど、県内での子牛の増産に取り組んでいます。

ブランド価値を高めるGI登録

全国で300以上のブランド牛肉が乱立し、産地間での競争が激しくなっています。近江牛のブランド力をさらに高めるため、地理的表示(GI)保護制度に基づくGI登録により、産地と品質が結びついた安全・安心な生産を推進していきます。

 

2024 近江牛がGIに登録されました!

平成29年12月15日、(一社)滋賀県畜産振興協会が登録生産者団体となり、滋賀県の産品では初めて登録されました。

今後、ブランドや消費者の利益保護、輸出拡大などの効果が期待されます。


地理的表示(GI)保護制度とは…生産地の特性と品質の特性が結びついた産品について、農林水産省がその名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度。

 

最高の味が食卓に届くまで

近江米の稲わらなどをエサとして与え、手間をかけて育てられる近江牛。衛生管理に細心の注意を払う加工・流通で、安全・安心な近江牛が食卓に届けられています。

提供:「近江牛」生産・流通推進協議会

「最高のおいしさ」をつくる滋賀の風土

琵琶湖を囲む山々に育まれた豊かな水系と肥沃な土壌に恵まれた滋賀。エサとなる稲わらと水の豊かさ、穏やかな気候、そして生産者の牛への愛情が高品質な肉質を育んでいるのです。

広がる味わい、至高の旨み

近江牛は脂肪が全体に細かく入って美しい霜降りとなり、甘い脂の旨みがあります。きめ細やかな肉質と芳醇な香りが高く評価されています。

日本橋白木屋屋上での近江牛の競売の様子(昭和29年)
提供:近江肉牛協会

日本牛肉文化の原点

肉食が禁じられていた江戸時代に、例外的に許された牛肉生産が近江牛の始まり。数あるブランド牛の中でも、近江牛は圧倒的に長い歴史を誇ります。

 

近江牛の楽しみ方

とろけるような美味しさと、たっぷりの旨みが残り、口内に幸せを呼ぶ近江牛。やわらかな食感と旨みは、和・洋・中を問わず幅広い調理法に合い、100種類を超えるレパートリーを持つお店があるほど。

皆さんも、ステーキ、すき焼きやしゃぶしゃぶなどはもちろん、いろいろな味わいを楽しんでください。


提供:「近江牛」生産・流通推進協議会

提供:「近江牛」生産・流通推進協議会

 

近江牛とは

平成17年に「豊かな自然環境と水に恵まれた滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」と定義づけられました。


近江牛の特徴

●高品質

霜降り度合いが高く、口溶けが良い。
※近江牛にはオレイン酸が多く含まれているため、口溶けが良いと考えられています。

●歴史と伝統

江戸時代から歴史があり、日本で初めて銘柄牛肉を振興する団体「近江肉牛協会」が設立されるなど、ブランド牛肉としての先駆け。匠による良質な生産が続けられてきました。

●地域と結びついた生産

琵琶湖を中心とする豊かな自然環境、水田から得られる稲わらなど、地域と結びついた「安心・安全」な生産がなされています。

 

子牛購入から一貫経営にシフト 母牛の環境やエサを工夫しています

2017年「近江牛グランプリ枝肉共進会」グランドチャンピオン賞受賞
高井牧場高井 和紀さん

15年前に後継者として就農して間もない頃、他県から子牛を買い付けて出荷するまで肥育しているのでは経営が安定しないと考え、義父と相談して繁殖から肥育まで行う「一貫経営」に変えました。牛舎を新築し、エサのやり方など独自の工夫をしています。一貫経営を活かし、子牛の頃は良質な粗飼料(草)をたくさん与え、肥育に入る前に十分な胃を作ることで、しっかりとエサを食べ続けられる肥育牛ができると思っています。

産まれてくる子牛に感謝し、産んでくれる母牛を大切にし、牛一頭一頭の能力を最大限発揮させることが自分の仕事だと思っています。

 

近江牛の歴史

■ 江戸時代

近江牛の歴史は古く、およそ400年前の江戸時代にまで遡ります。牛肉を食べることが禁じられていた当時、彦根藩だけが牛肉の生産が許され、牛肉の味噌漬けを薬用として将軍家へ贈っていました。将軍家から彦根藩への礼状が残っています。

■ 明治時代

外国から来た方々に直接売るため、近江商人は陸路で17~18日間をかけて横浜まで牛を連れて行き、取引を始めました。また、東京で牛鍋(いわゆる「すき焼き」)のお店を開く方も相次ぎました。

その後は、四日市港や神戸港から船で、明治22年に東海道線が全通すると鉄道での輸送が始まりました。

■ 昭和・平成

昭和26年に「近江肉牛協会」が設立されると、東京のデパート屋上での展示・販売会や、近江牛を乗せたトラックで都内をパレードするなど、大規模なP‌R活動を展開して近江牛がブランド化されました。

平成になり、牛肉の輸入自由化が始まると、輸入牛肉と品質で競合しない黒毛和種の飼育頭数が増加しました。


このように、多くの先人の方々のたゆまぬ努力により、近江牛の伝統が今日まで続いています。

 

近江牛が歴史を変えた?!

大老の井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」。一説では、直弼が将軍や大名への牛肉の贈り物をやめたため、牛肉を楽しみにしていた水戸藩主の機嫌を損ねたのが原因とも?

 

データファイル

飼育地域

東近江地域を中心に、県全域で飼育されています。

飼育頭数

県全域で約12,500頭(平成29年2月1日現在)が飼育されており、10年前に比べて約3,500頭増加しています。

出荷頭数

滋賀食肉センターを中心に、年間6,000~7,000頭が出荷されています。

 

近江牛をさらに知る・味わう

以下の団体のWEBサイトでは、誌面では紹介しきれなかった近江牛の歴史や魅力、近江牛を味わえるお店などの情報が掲載されています。

二次元コード

 

□お問合せ

県庁畜産課

TEL:077-528-3851 FAX:077-528-4883 MAIL:ge00@pref.shiga.lg.jp