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ホーム > 県政情報 > ようこそ知事室へ > 知事談話 > 東日本大震災から5年を迎えて

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更新日:2016年3月15日

東日本大震災から5年を迎えて

みなさん、おはようございます。

今日は、3月11日、東日本大震災から5年を迎えます。


5年前の今日、私は東京におりました。金曜日だったと思います。

いつもと変わらない朝を迎え、「今日も1日仕事を頑張ろう」きっと、そのような気持ちで議員会館へ向かったと思います。

14時46分、国会議事堂内で大きな揺れに驚き、スタッフの皆さんとともに机の下に隠れました。そして余震が続く中、テレビ中継で次々と流れてくる、この世のものと思えない映像に言葉を失いました。

日本の近代地震観測史上最大のM9.0の地震が大津波とともに引き起こした「東日本大震災」は、最新の数字で1万5,894名という多くの尊い命を奪い、2,561名もの方々が行方不明となっています。しかも、未曾有の地震そして津波だけでなく、原子力発電所の事故を伴い、「今も」避難生活を強いられている方々が、発災から5年を経てもなお、全国に約17万4千人もおられます。


改めまして、この大震災によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、避難生活を余儀なくされている皆様に心から深くお見舞い申し上げます。


私自身、昨年7月に福島県へ赴きました。震災によって引き起こされた原子力災害の恐ろしさと、4年余りが過ぎてもなお、その爪痕が広く、長く、そして深く残ること、改めて痛感したところです。

もちろん、震災前の賑わいを取り戻している街もありましたが、一方で、立入りが規制され、住み慣れた町で暮らすことができないという地域がありました。幸い規制が解除され、故郷へ戻ることができても、一度離れた人々が戻ってこない、震災前の暮らしを取り戻せないというお声がありました。除染作業により大量に発生した土や木材等のゴミがあちらこちらにある仮置き場に集積されている現状もありました。

原発事故は起こってしまえば取り返しがつきません。その現実を深く受け止める必要があると感じています。

「風評被害は困るが、風化はもっと辛い。」内堀福島県知事のお言葉が心に残っています。


これまで、福島県の復興支援に対し県庁をあげて取り組んできました。避難所運営の支援を中心に、延べ788名の職員を派遣し、現在も技術職員の派遣を継続しており、農地の復旧、インフラ整備など被災地の復興にその力をそそいでいただいているところです。また、県内に避難されている被災者の方々へは公営住宅の提供や県内で実施されるイベントへの招待、県内の支援団体が実施するイベントへの補助など、見通しが困難な避難生活の負担を少しでも軽くなるよう取り組んでいます。

そうした支援を通して、私たちも学ばせていただいているところです。


私たちにできることは限られているかもしれません。しかし「被災地に寄り添う」という気持ちは常に持ち続けたいと思います。この災害がもたらした多くの悲しみ、苦しみをしっかりと心に留め、再び繰り返されることのないよう、今を生きる私たちが取り組むべきことをしっかり行いたいと思います。それが、失われた多くの魂、そしてこれから生まれてくる命への責任なのだと思います。

震災から5年を迎えました。これまで多くのことが語られました。また、語られなかった声なき声もあります。そして、多くの地域で暮らしやなりわいを取り戻す活動がありました。そうしたことに改めて思いを致したいと思います。


一昨日には、大津地裁にて高浜発電所3、4号機運転差し止めを命ずる仮処分の決定が出されました。争点に基づき双方のご見解とともに多くを指摘されていますが、3.11の被災と未曾有の私たちの想定を超えて起こった、想像を絶する甚大かつ深刻な影響をもたらしている福島原発事故をどう受け止め、これからに活かしていくかということが改めて問われているのではないでしょうか。


「福島を忘れない。福島から始める。」という決意のもと、今後とも県として、被災者に寄り添った支援を継続的に実施するとともに震災の教訓や被災地の実状を忘れることなく、「県民のいのちと琵琶湖を守る」という使命を持ち、自然災害に対する「意識・知識・組織」を整え、地震や風水害、原子力災害などに備える取組を進めてまいります。

共にがんばりましょう。


これで談話を終わります。