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ホーム > 県政情報 > 県の概要 > 組織案内 > 滋賀県ゆかりの地

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更新日:2015年9月25日

滋賀県ゆかりの地

滋賀県ゆかりの地

<目次>

信楽通り(中央区銀座8-9~10)

山の上ホテル(千代田区神田駿河台1-1)

紀尾井町  (千代田区紀尾井町)

甲賀坂  (千代田区神田駿河台1-6)

不忍池  (台東区上野公園)

日枝神社  (千代田区永田町2-10)

豪徳寺  (世田谷区豪徳寺1)

憲政記念館(1)  (千代田区永田町1-1)

憲政記念館(2)  (千代田区永田町1-1)

 信楽通り

   銀座8丁目にある通りで、江戸時代、その通りにあった茶店「信楽」に因んで名付けられたと言われています。滋賀県の甲賀市信楽町との関連の詳細は不明ですが、もし、情報をお持ちの方がいらしゃいましたら、東京事務所までご一報下されば幸いです。

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山の上ホテル  (ヴォーリズ建築) 

  ヴォーリズ(http://vories.com/)が手がけた建築物は滋賀県をはじめ全国各地に今でも残っていますが、ここ東京にもあります。1937年竣工鉄筋コンクリート造の「山の上ホテル」です。川端康成、三島由紀夫、遠藤周作、松本清張ら多くの文筆家が常宿としたことから、文化人のホテルと呼ばれました。今も当時の姿をそのまま残しています。

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紀尾井町 

  江戸時代の初期からこの界隈には大名屋敷が置かれていました。紀伊和歌山藩徳川家上屋敷(現在のグランドプリンスホテル赤坂のあたり)、尾張名古屋藩徳川家中屋敷(現在の上智大学のあたり)、近江彦根藩井伊家中屋敷(現在のホテルニューオータニのあたり)がありました。紀尾井町の名前は、紀伊徳川家・尾張徳川・彦根井伊の三家よりそれぞれ一字づつ取って名付けられたものです。
  ホテルニューオータニ入口脇の緑地には近江彦根藩井伊家屋敷跡の標柱があります。

  ちなみに「六本木」は上杉氏、朽木氏、高木氏、青木氏、片桐氏、一柳氏の諸大名の屋敷があり、これら六本の木にちなむとする説があります。
朽木氏とは、近江源氏佐々木氏の一族で近江国朽木庄の領主のことです。

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近江彦根藩井伊家屋敷跡の標柱
左のビルがホテルニューオータニ  右の電柱の後ろが標柱

 

甲賀坂 

  千代田区神田駿河台の明大通りから明治大学リバティタワー前を東に下っていく緩やかな坂道です。
  甲賀の名の由来は寛永頃(1624〜44年)にこの地に甲賀組の組屋敷があったためと言われており、その説明が甲賀坂の標識にも記されています。
  また、この坂道のある通りを甲賀通りと言います。

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不忍池 

  上野公園の不忍池が滋賀県と関係があるとご存じでしたか?
  寛永2年(1625年)、天海大僧正(慈眼大師)は、西の比叡山延暦寺にならい東叡山寛永寺を創立し、不忍池を琵琶湖に見立て、竹生島の宝厳寺の弁財天にちなんで弁天堂を建立しました。

  ちなみに、寛永寺のほど近く台東区下谷、根岸周辺はもともと坂本と呼ばれていました。この坂本という地名も比叡山の麓、坂本にちなんで付けられたと言われています。その後、昭和40年の住居表示制度の実施で坂本の町名はなくなり、平成8年に坂本の名を残していた坂本小学校も大正小学校と統合され坂本の名は消えてしまいました。

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                                                                                不忍池
不忍池より弁天堂を望む
台東区上野公園
アクセス: JR・地下鉄銀座線・日比谷線「上野」下車徒歩2分
                 大江戸線「上野御徒町」下車徒歩5分
                 京成線「京成上野」下車徒歩1分

 

日枝神社 

  東京事務所のある都道府県会館から青山通りを経て外堀通りを赤坂方面に歩いてゆくと、日枝神社があります。この神社は山王さんと呼ばれていて全国に約3,800社ある山王権現のひとつで、その起源は大津市坂本の日吉大社に由来します。
  日枝神社という名前も日吉大社のある比叡山の名をとってつけられたと言われています。

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  千代田区永田町2−10
  アクセス: 地下鉄千代田線国会議事堂前駅下車徒歩5分
                 地下鉄(銀座線・南北線)溜池山王駅下車徒歩3分

                 〔JR東京駅からのアクセス〕
                  地下鉄に乗り換え、丸の内線東京駅より新宿・荻窪・中野方面電車利用
                  赤坂見附駅にて下車(乗車時間約9分)

 

豪徳寺 

  彦根藩2代目藩主の井伊直孝がにわか雨にあって大木の下で雨宿りをしていた際に手招きをする白猫を見て近寄ったところ、その大木に落雷があった。直孝はこの猫に感謝し、後に豪徳寺(東京都世田谷区)を井伊家の菩提寺としたと伝えられています。

  「国宝・彦根城築城400年祭」のマスコット「ひこにゃん」は、この白猫の伝説(いわゆる招き猫発祥伝説)にちなんでいるそうです。

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  曹洞宗  大谿山  豪徳寺  (世田谷区豪徳寺1)

  アクセス:東急世田谷線宮坂駅下車  徒歩5分
                小田急小田原線豪徳寺駅下車  徒歩10分

 

憲政記念館(1) 

  現在の千代田区永田町一丁目に所在する憲政記念館付近は、江戸時代のはじめには肥後の加藤清正の屋敷で、その子忠広の代に改易となり、以後幕末まで彦根藩井伊家の上屋敷でした。現在でもその敷地内には井伊家のものとされる石灯籠が残っています。憲政記念館(外部サイトへリンク)は、国会の組織や運営などを資料や映像によってわかりやすく紹介するとともに、憲政の歴史や憲政功労者に関係のある資料を常時展示していることから、多くの子供たちを含む参観者が見学に訪れています。

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                                                                  井伊家ゆかりの石灯籠
麹町永田町外桜田絵図(1864年)

憲政記念館(2) 

  彦根藩主、井伊家の上屋敷があった皇居近くに残されている東京都指定旧跡「桜の井」に平成19年10月13日に彦根東高校の同窓生らでつくる東京金亀会が彦根城築城400年と会の設立90年を記念し、都教育委員会などの指導で標石を設置され、井戸の竹製のふたも10年ぶりに取りかえられました。
  桜の井は井伊家の上屋敷の井戸で、幕末当時、江戸城を訪れる通行人に名水として重宝され、安藤広重の「外桜田弁慶桜の井」にも描かれています。
  場所は憲政記念館敷地の一角にあり江戸城桜田門まですぐのところ、幕末の大老井伊直弼が1860年の桜田門外の変で暗殺されたのは、この井戸の脇から城に向かう途中のことで、標石にはこうした由来や広重の作品が紹介されています。

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井伊家上屋敷跡から桜田門方面を望む
桜の井