滋賀県ホームページ
文字サイズ
拡大
標準
縮小
色合い
標準
青地に黄色
黄色地に黒
黒地に黄色
  • 気づく滋賀
  • 滋賀に気づいた先輩
  • イベント
  • 市町紹介
  • 移住ポータルサイト 滋賀ぐらし
  • しごと
  • 子育て
  • 住まい
  • 相談窓口

東近江市青山町に移住の西田三郎さんと光子さん 

写真:野菜を世話する西田三郎さんと光子さん

DATA

氏名 西田  三郎
西田  光子
移住を始めた年月 2010年11月より
現居住地 滋賀県東近江市青山町
前居住地 大阪府東大阪市

 

自然とともに暮らせる場所へ

写真:庭に立つ三郎さん

  西田さんご夫妻が大阪府から滋賀県に移住したのは平成22年11月。定年と子どもの独立がタイミングよく重なり、長年の夢だった田舎暮らしが実現した。生まれも育ちも東大阪市。もともと自然が大好きという二人は、休日になると土のあるところ、空気のいいところを求めて、のどかな風景が広がる野山へと出かけていた。子どもが小さかった頃は、おにぎりや遊び道具を持って行き、山菜取りやスケッチなども楽しんだ。
  植物を育てるのも好きで、狭いながらも自宅の庭に50個以上もの植木鉢を並べ、花や野菜を育てていた。しかし日当たりが悪く、植木鉢では育成にも限界があり、物足りなさも感じていた。
  会社勤めの傍ら、植物を育てたり、休日は都市を離れて気分転換をしていたお二人。子どもが結婚して独立する頃には、自分たちも定年を迎える。その時には、ずっと憧れていた古民家へ移住しようと決めていた。
1年後には定年を迎えるという頃、地元の不動産会社を通して移住先を探し始める。第1条件は畑のあるところ。奈良の吉野に気に入った場所を見つけたが、周囲には人の住む家もなく、駅も遠く、冬は雪の多い土地。田舎暮らしには賛成だった子どもや親戚、友人たちが、「定年後に移住するには過酷すぎる」とその環境を見て大反対した。
そして探し始めてから2年、やっと出会ったのが現在の場所。古民家だけれどトイレは水洗式ですぐに住める状態。静かな集落内にあり、大通りに出れば24時間営業のスーパーや病院、市役所などもある。家のすぐ前に畑があることも決め手になった。
  大阪に住む兄妹や友人も高速道路を使えばすぐに来られる場所。「自分たちの目で確かめなければ安心できない」と言っていた子どもたちも、「ここだったら安心して送り出せる」と賛成した。
遠くに山々が見え、田畑が広がり、雄大な自然に囲まれた憧れの暮らし。すでに不要なものは処分し、準備万端だった西田さんたちはすぐに移り住んだ。

 

雄大な風景と人々のやさしさに感動

写真:台所に立つ光子さん

  いちばん心配していたのは人間関係。集落という出来上がったコミュニティに、大阪からいきなり来た人間が受け入れてもらえるだろうかと不安もあった。
  引っ越した当時、二人は毎日散歩に出かけた。すると、畑仕事をしていた近所のおばあさんが声をかけてくれたり、すれ違う子どもたちがみんな「こんにちは」と挨拶してくれる。その姿に、「滋賀県の人はなんて礼儀正しいのだろう。そういう気質の土地なのかな」と、とにかく感動したと光子さんは言う。いちばん嬉しかったのは、「こんな田舎に大阪からよう来てくれたなあ」というおばあさんの言葉。不安を抱えていただけに、とてもありがたかった。
  地元のお寺や神社のお世話、自治会の仕事などは大阪に住んでいた頃から慣れていたので抵抗はなかった。お金を扱う重要な役割も任され、仲間として信頼し、認めてもらえていると思うとうれしかった。引っ越しの際、大阪で育てていた大量の植木鉢もトラックに積み込み、一緒に移り住んだ。「ここは日当たりがいいし、地面に植えているから根もしっかり張って、花が大きく育つのがうれしい」と穏やかに微笑む三郎さん。庭で大きく育っているもみじの木も、もともと近くの山で拾った種を植えたものだという。その庭をいつも眺められる部屋の襖には、日本画を描く三郎さんの作だという琵琶湖の夕景が広がっている。
  料理が趣味の光子さんは、人に食べてもらったり、配ったりするのが大好き。移住してから念願の畑仕事にも挑戦した。しかし植木鉢で育てたことしかなく、手探りでの作業。その様子を見ていた近所の人に「畑をつくりたい」と相談  すると、土壌の作り方から鍬の使い方まで、一つひとつ親切に教えてくれた。
1年も経つと畑仕事も覚え、食べられる野菜が収穫できるようになった。余った野菜や果物を近所の人にもらうこともある。光子さんはドライトマトやケチャップ、チリソース、柚子こしょう、チャツネ、ポン酢など、何でも手作りし、大自然の恵みを存分に楽しんでいる。

 

農家民宿「ぴっかり」オープン

写真:石のアート

  大阪から遊びにきた友人たちは、景色の素晴らしさ、澄んだ空気、お米、水、野菜のおいしさに感動し、また何回も遊びに来たいという。でも気兼ねなく遊びに来られるよう有料にしてほしいと言われた。そこで、民宿の形式にしようと手続きを開始。さまざまな許可申請が必要で、担当課も複数に渡り、手続きは大変だったけれど、対応した市役所の職員が、各課の窓口まで同行してくれて、その親切さに感動した。
  ご近所に迷惑をかけてはいけないと、一軒ずつ挨拶にも回ったが、「そうか、がんばりや」と言ってもらえた。開始後も、民宿までの道に迷うお客さんがいれば、近所の人が案内してくれて、その優しさにまた感動した。
  こうして平成24年4月から農家民宿「ぴっかり」の運営を開始。名称は光子さんの名に由来している。宿泊は1日1組5名までの限定で、田舎暮らしを体験したい人に、農作業体験や料理体験を提供。市や観光協会からの斡旋で中学生の体験も受入れている。
  光子さんが心掛けているのは、地場で育てた野菜を使い、あまり知られていない料理法や加工法を伝えて喜んでもらうこと。「教えてほしい」という主婦からの要望も多く、民宿を始めてから、いろんな人との交流が広がっている。
絵が得意な三郎さんは、ストーンペインティングを担当。近くの愛知川で拾ってきた石を準備し、体験に訪れた人々に絵具で絵を描いてもらい、箸置きをつくる。こうしてそれぞれの趣味を生かし、楽しく刺激的な毎日を送っている。

 

いまが最高に楽しくて幸せ

写真:農家民宿「ぴっかり」の玄関に立つ西田さん夫婦

  「今でも大阪に行くことがあるけれど、用事を済ませたら早くこっちに帰ってきたくなる。空気が澄んでいて、心がほっとするんです」。畑にいると時間を忘れるという光子さんは、土に触れ、自然の中で好きなことをして、のんびり暮らすようになり、かかりつけ医も驚くほど健康になった。「ここに昔から住んでいるような気がする」と話すほど、すっかり今の暮らしに馴染んでいる。
  「滋賀県の方々の人間性かな。人情味のある人ばかりで、私たちを受け入れてくれたことに本当に感謝している」という西田さんご夫妻。滋賀県は田舎の集落でも、近い距離に何でも揃っているのが魅力で、そこが決め手になった。子育て世代なら、子どもを自然に触れさせることで心豊かになる、とてもいい環境だと感じている。
  「見知らぬ土地への移住を心配する人もいるかもしれないけれど、今となっては、なんであんなに心配してたんやろうと思うくらい。なあお父さん」と話す光子さんの横で、笑いながらうなずく三郎さん。「いまが一番しあわせ。これ以上のしあわせはないなあ」。この言葉に、すべての答えが表れている。

 

滋賀ぐらし