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滋賀に気づいた人INTERVIEW#13  石津大輔さん

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都会と田舎の両方を知れば、自分の求めるものが見えてきた
“田舎コンプレックス”から、地元を離れることしか考えられず、一度はファッションの道へと進んだ石津さんでしたが、ふと自分の生き方を見つめ直したとき、本当に必要なものは地元・高島にあると気づきました。Uターン後は、代々続く田んぼを受け継ぎ、清らかな水が沸く『生水の郷』で、米の無農薬栽培に取り組んでいます。

 

都会に憧れ地元を飛び出し、辿りついた答え

ーー以前は古着店オーナーだったそうですが?int_021_01

大輔さん:はい。もともとファッションに興味があって高校卒業後、大阪の服飾専門学校で学び、在学中に大阪で古着店を開きました。この歳になれば田舎の良さも理解できるのですが、若い頃は田舎に閉塞感を感じていて。
当時、高島市から公立高校へ進学するとなれば、選択肢は2校だけで顔見知りばっかり。それが嫌で私立高校に進学し、しょっちゅう京都へ遊びに出かけてましたね。実家は農家だったし、田舎には泥臭いイメージしか持ってなかった。

 

 

ーーそこからどうしてUターンを決断するに至ったのでしょうか?

大輔さん:服の仕入れで海外に行くと、東南アジアの市場は活気に満ち溢れているんですよ。その空気を肌で感じると、生きるってこういうことなんじゃないかと思わされて。そんな頃に祖父が亡くなり、より“人間として生きる”ことの意味を深く考えるようになったんです。

 

家族で作る無農薬の米

ーー農家への転身はいかがでしたか?int_021_02

大輔さん:最初は父と意見が合わず、けっこう衝突しましたね(笑)。父は、一部の田んぼを有機農業にしていたのですが、僕はやるなら全部やらないと意味がないと・・・。今思い返せば、ただ頭でっかちで、かなり無謀な挑戦だったんですけど。でも、米の無農薬栽培に価値を見出し、なんとかやり遂げたことでいまの自分があります。

現在は20haの田んぼの8割で、化学肥料・農薬を一切使用しない無農薬米を作っています。

 父の代は生協への出荷が約9割でしたが、生協1本化の出荷をやめ、自分たちのこだわりを理解して買ってくれる人に届けたいと思い、百貨店の催事などにも積極的に出店しています。おかげさまで、ほぼ予約で完売するまでに成長しました。

ーー奥さまは大阪ご出身ですが、高島市へ嫁ぐことに不安はありませんでしたか?int_021_03

紘子さん:子どもの頃、兵庫県篠山市にあるおばあちゃんの家に遊びに行くのが好きだったんです。高島の雰囲気はそことよく似ていて、どちらかと言えば不安よりも親近感とかわくわく感のほうが大きかったかも。結婚前はアパレル関係の仕事をしていたので、ここで農家するのも楽しいかなって。でも最初のうちは、手伝わせてもらえなかったんですけどね。

大輔さん:だって農家の嫁って大変じゃないですか(苦笑)。自分の母親の姿を見てたこともあるし、農業と家事の両立は大変だろうと思って。奥さんに手伝ってもらうと自分に甘えがでる気もしたんですよね。でも結局いまは、自分だけでは手が回らなくなったので、電話対応や出荷、配達などは全部お任せしています。

 

 

 

田舎暮らしを楽しみ、たまに都会で刺激を

ーー高島での暮らしはいかがですか?

紘子さん:いつの間にかここが自分の居場所になってしまった感じです。大阪に出かけると、コンクリートばっかりで、草が生えてないことが息苦しくて(笑)。湖西線に乗って帰ってくると、比良の辺りから匂いが変わるんですよ。それで「あぁ帰ってきたな」と感じる。

 大輔さん:365日ずっと田舎で暮らしていると嫌になるのかもしれないけれど、百貨店の催事などで東京や大阪に出張する機会も増えてきたので、逆に田舎が楽しい。都会で新しいことを取り入れるのも、仕事の面では必要ですよね。そういう部分では、滋賀県は都会へのアクセスもしやすいので、田舎すぎなくていい。

 ーー現在2人の息子さんがおられますが、子育てはどうですか?int_021_04

紘子さん:子育てには寛大になりますね。多少なら怪我をしてもいいから、やりたいことは自由にやらせてます。地域のコミュニティがしっかりしているので、村の人も一緒に見守っていてくれる感じ。道で人に出会えば「おはよう」など、当たり前のように挨拶ができる子に育ってくれているのが嬉しいです。

 大輔さん:家の窓の外にサギが飛んでいたり、漁に出る船に乗せてもらったり、都会ではできない経験をいっぱいしてますよ。家の中に『川端(かばた)』があるのもこの地ならではですよね。

 紘子さん:田舎ばかりでなく都会の刺激も味わってほしくて、家族旅行は大都市へ行くことが多いです。子どもたちには色々な経験をしながら、のびのびと育ってほしいと思います。

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不自由なようで、実は自由

ーー一度は飛び出した田舎に戻り、気づいた良さは?int_021_06

大輔さん:自由さかな。都会で同じことをしようと思うと莫大なお金がかかるんですけど、田舎だと金銭的にも自由がある。例えば、隣の家が空き家になったから買おうかなんて、都会では簡単には無理でしょ。でもここではそれもできちゃう。実際に隣の家をいまは事務所として使っています。田舎特有のルールやならわしもあるけど、それ以上に自由度が高いと思います。

家電やインターネット環境が発達した現代社会なら、家の中は都会で暮らすのとほとんど変わらず便利。広々としたリビングに大きなテレビ、スマホも各自1台持っていたり。家で過ごす時間だけを比べれば、都会よりも圧倒的に快適じゃないかな。あとは家の外に何を求めるかでしょうね。

 

 ーー石津さんが暮らす高島ってどんなまちでしょう?

 大輔:“人が楽しい”これに尽きますね!僕と同じように家業を継ぐために戻ってきた人や、県外から移住してきた人も多くて、新しい風がどんどん入り込んで、いい化学変化をおこしています。

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ある一日のスケジュール

5時00分 起床  繁忙期は早朝から田んぼでの作業が始まる
5時30分 仕事場へ  朝ご飯は紘子さんが後から届ける
9時00分 子どもたちを送り出し、紘子さんも仕事場へ
12時30分 昼食  炊きたてのご飯と各自が持ち寄ったおかずで簡単にすませる
18時00分 紘子さんが先に帰宅  夕食の準備
19時00分 帰宅  仕事が落ち着く冬は、大輔さんが夕食作り担当
19時30分 夕食  できれば家族揃って
 20時00分 子どもたちとお風呂
 21時00分 就寝  翌朝の作業に備えて、早めに就寝

 

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